20章
「こんな夜更けに起きていたら、お肌に悪いのよ」
「え?」
何のことだろうかと、思わず顔をあげて、アフロディーテをまじまじと見上げてしまった。
「あの……」
「貴方。今度はどうして欲しいの?」
「どうって……。あとは、もう命を失くすくらいの罰しか思いつかないのですが……」
再び化け物となって、今度はこのマリウスも自らの目で石に変えないといけないのか。
命を失うよりも悲しいことを思い描いて、フレアは思わず唇をかんでいるうちに、また涙がでてきた。
「私はもう何をどうしても許されるわけはありません。め……女神さまの、ご意思のままに……」
それだけ言うと、身体が震えた。
マリウスが再び背中を暖めるように腕をまわしてくれた。が、首を横に振って、それを振り払った。
マリウスはそっと息をついて、顔を上げた。
「恐れ多くも、アフロディーテさまに申し上げます……」
「なにかしら」
「フレアに罰を与えるなら、私にも同等の罰を。きっとフレアが悲しむことが一番の罰になると思われますから、私の願いはアフロディーテさまの意に反する申し出だと思っております。それでも、お願いします……」
マリウスもフレアも、首を差し出すような姿勢でうつむいた。
「この私が、二度も罰を与えると思うの?」
「それは……。女神さまを侮辱した罪でございますから、何度でも受けないといけないと思っております」
下を向いたまま、フレアは答えた。
「それじゃぁ、私が処刑の女神みたいじゃないの。いやぁねぇ」
あまりにも明るい声でそう答えるので、マリウスもフレアも拍子抜けして、顔を上げた。
横で、アテナが静かに笑顔を浮かべている。
「私からは祝福しないからね。貴方言いなさいよ」
アフロディーテは、ふてくされたように言ってアテナを見た。
「アフロディーテは、とっくに貴方を許しています。貴方が夢に見るのは、自分で罪の意識を持ち続けているから。その記憶を消してあげることはできませんが、これから先は、礼儀正しく生きてゆくことを、ここで誓いなさい」
「あ……」
許されていたのだと、自分に言い聞かせるまで、しばらくかかった。
マリウスも、そう言われるとは予想してなかったようで、瞬きをくりかえしている。
「はい……あの、こ、これから先は、女神さまも、誰も侮辱することなく、礼儀正しく生きて……生きてゆくことを誓います。ありがとうございます……」
涙声で、どうにかそれだけ言うことができた。
言い終えると、途端に力が抜けた。
マリウスがすぐに支えてくれたので、ひっくりかえることは避けられた。
「これからはマリウスがしっかりとその子を支えてあげなさい」
アテナがマリウスに微笑みかけた。
「はい。ありがとうございます」
見ると、マリウスの頬にも涙の跡がある。
フレアは男の人が泣くのを初めてみたので、不思議な気分と同時に、また自分も涙がこみあげてきた。
「人間って、それだけのことで泣くのねぇ……」
皮肉なのかどうかわからないが、アフロディーテはそれだけ言うと、姿を消した。
「あ……」
まだ、しっかりと御礼も謝罪もしていないのに……。
そんなフレアの様子を見てか、アテナが声をかけた。
「あの子は素直じゃないし、適当な言葉が思いつかないのよ。もう貴方を恨んだりはしてないから、安心なさい」
「はい、本当に……ありがとうございます」
フレアの言葉を聞いて、アテナも姿を消した。
◇
二人が謝罪に行ってる間に、城内では騒ぎが起きていた。
マチネが夜中に目を覚まして、水を飲みに部屋を出たついでに、フレアの部屋まで見廻りにきていたのだ。
部屋の扉が少し開いてるのを不審に思って入ってみて、机に置手紙があるのをみて、慌ててアトンを呼びに行き、アトンはマリウスの部屋に入って、同じように手紙をみつけて、ガレリウ国王に届けた。
そのころになって、二人は手をつないで帰ってきたから、明け方の城内はにわとりが鳴くよりも騒がしかった。
特に、ガレリウから見せられた、二人の置手紙が臣下たちの笑いを誘った。
「同じ文面だったら、どちらか一通でよかったのではないか?」
言われてマリウスとフレアがそれぞれを見ると、途端に吹き出した。
“アフロディーテ様に謝罪してきます。命を落としても、悲しまないでください”
打ち合わせでもしたかのように、全く同じだった。
ここまで通しで読んでくださってる方はなんとなく予想がつくと思いますが…。次で終わりです。




