19章
「あ、あぁ……」
目前にいるのは、罰を与えたアフロディーテさまではないが、その後のことを思い描き、震えがとまらなくなってきた。
「アテナさま。おいでいただいて申し訳ありませんが、ちょっと失礼いたします」
マリウスは早口でアテナに断りを入れると、フレアに駆け寄って抱き寄せた。
「フレア……」
マリウスは筋の浮いたフレアの手を力強く握った。
「大丈夫だ。深呼吸して。……そうだ」
フレアが落ち着いたところで、マリウスはフレアを抱えたままアテナを見上げた。
「大変失礼ではありますが、この姿勢のままでしばらくよいでしょうか」
「いいわよ。あの子を呼ぶまではね」
アテナは、マリウスが用件を言わなくても全てを承知のようだ。
「アフロディーテ様のご様子は……。いえ、アテナさまにお伺いしていては、失礼にあたりますね。少ししたら、お呼びしていただくことは可能でしょうか?」
「いいわよ」
アテナは余計なことは言わない。
その表情をみても、アフロディーテがどのような状態なのかはもちろん伺い知れない。
やがて、フレアが身を起こして、再び膝をついた。
「大変失礼いたしました。アテナさま……」
「いいのよ。貴方がどんな心境なのかは、充分わかってるから。大変な覚悟をしましたね」
「はい……。マリウス……さまがいなければ、こうしてもう一度罰を受ける機会はなかったかと思いますが、忘れてしまうことはできない罪なので」
「もう一度罰ね……。では、そろそろ呼びましょうか」
「はい、お願いします」
フレアが言うと同時に、その女神はもう姿を現していた。あまりにも早くて、フレアは深呼吸する間もなかった。
そのまま、視線がとまった。息もとまりそうだ。かろうじて、咄嗟に頭を下げた。あの時にみた女神さま。見間違えようがない。
その姿は何にも例えようがない美しさだ。金赤の豊かな髪は波を打って豊満な胸に広がり、妖艶とも端正とも言える顔で目立つ薔薇色の唇は、男性ならば思わずつばを飲み込むようなふくらみを持っている。緑石の輝きを思わせる美しい瞳は、静かにフレアを見下ろしている。
マリウスも素早い登場に、心の準備がとれなかった。すぐにひざまずいた。
フレアがアフロディーテを見たのは、館内で罰を下される瞬間だった。
「私を侮辱することは、誰にもできないのよ。思い知りなさい」
聞きほれるような声で残酷な言葉を告げたアフロディーテは、フレアを即、蛇頭の怪物に変えた。懺悔をするような時間は、瞬きする間ほども与えられなかった。
その女神の前に、再び自分がいる。
それも、元の人間の姿で。
おそらく……いや。間違いなく、今度は命を落とすだろう。
謝罪しなくては、と思うが、怖くて何もいえない。それに、何を言えばいいのかも思いつかない。
ひたすら頭を下げて、アフロディーテが自分の命を絶つのを待つだけだ。
横にいるマリウスも何も言わない。だけど、しっかりと手をつないでくれている。その暖かみが嬉しい。
嬉しいけど、フレアはその手を離すようにと、自分の手を動かした。
マリウスは、うなずいて手をはなした。
アフロディーテは、今度は即行動を起こさない。
何も言わず、少し浮いた状態で二人を見ている。
そんな様子をアテナも黙って見守っている。
沈黙が、いぶかしがるほど長く続いた。
耐えられずに最初に声を発したのは、フレアだった。
「女神さま……」
その先が続かない。
たまらない。心臓が壊れそう。いっそのこと、もう止まってくれてもいいと願った時、アフロディーテが唇を開いた。




