18章
「フレア。これ以外のものをつけないと言われると、私が困る」
「あ……」
フレアは見る間に大粒の涙を流しはじめた。
「これは私が作ったものだ。この後、指輪を作ってはめてもらおうと思っているのに、つけてもらえなくては、作りがいがない」
「あ……あぁ……お兄さま……」
フレアの涙は、喜びのそれに変わった。
マリウスはからめていた指を離し、フレアの細い首に腕をまわして、豊かな金髪をなでた。
「今までつらい思いをさせて、すまなかった」
周りには誰もいないのに、フレアにだけ聞こえるように、そっと耳元で囁くように謝った。
フレアはずっと涙を流しながらうなずいていたが、落ち着いてきたところで、顔を上げた。
「そういえば、これ作ったって……」
フレアは首飾りを持ち上げた。
「あぁ。型を作って銀を溶かして、石をはめたんだ。少し失敗して形が崩れてるけどな」
「そう? どこが? 職人さんが作ったみたいに綺麗で完璧よ」
「そうか。そう言ってもらえるなら、指輪を作るのも自信がもてるよ。石は、何がいい?」
「お兄さまが作ってくれるなら、何でもいいわ」
「そうか……」
「でも……」
「何だ?」
「私は、幸せになってはいけないのよ、きっと……」
「どうして……。フレア」
マリウスは腕を離して、フレアを見た。
「だって。繰り返しあの夢を見るってことは、女神さまは許してないってことよ。だから誕生日のあの日のことも、ああなっても仕方ないと思ってたわ。こんな私に関わったら、兄さまに何か起こってしまうかもしれない……」
「私が代わりに処罰されるなら、構わないぞ。たとえ命がなくなろうとも、後悔はしない。むしろ、本望だ」
「い、いやっ。それだけは、嫌よ!」
フレアはマリウスの腕をつかんで首を振った。
「それなら、私はもう誰とも一緒になりません。お兄さま。早く誰かを娶って下さい」
「何を言うんだ。フレア。お前以外の誰と一緒になるんだ」
マリウスは再びフレアの背に腕をまわした。
「お兄さま……」
「フレア。お前の眠れない苦しみから解放できる手が、一つだけある」
「え?」
「女神さまに、許しを請う。許されなければ、そこで一緒に命を失っても……いいか?」
「お兄さまと一緒に……。駄目よ。兄さまは、次期国王なんだから!」
「国王なんかより、お前の方が大事に決まってるだろう」
「そんな。でも……。それに、女神さまをどうやって呼ぶの?」
「私はアフロディーテさまを直接呼べないが、違う女神さまなら呼べるんだ。アテナ様だ」
マリウスは、長年誰にも口外しなかった秘密を、フレアに告げた。
「……そうなの?」
フレアは半信半疑だ。無理もないだろう。
「指輪ができてから、アテナ神を呼ぶ。アテナ様にアフロディーテ様を呼んでもらう。いいか?」
「……ええ。いいわ」
本当はあの女神の姿を再び見るのは怖い。怖すぎて、見た途端に心臓が止まるかも知れ
ない。それならそれでいいと、フレアは覚悟を決めた。
◇
指輪は五日ほどで出来上がった。今度はフレアの誕生石の、紺玉をはめこんで作った。
それをフレアが部屋で受け取ったのは、夕食の後だった。
「お兄さま……」
「もう……。兄とは呼ばないでくれ。フレア」
そういうマリウスの耳は、りんごのように赤い。
「あ、わ……わかったわ。マリウス……」
フレアは恥ずかしくて頬をあからめて、うつむいた。
マリウスはフレアの豊かな髪をそっと撫でてから、ゆっくりと口づけた。
お互いの指がからんだ指輪が月光にあたって、幸せそうな輝きを放つ。
フレアは涙を流しながら、しゃくりあげてしまった。目の前の愛しい人を、マリウスと呼べるのは今夜限りかもしれないが、それでも幸せだと思った。
お互いが自室に置手紙をして、部屋を出たのは皆が寝入った夜更けだった。
涼やかな気候とはいえ、夜更けにはかわらない。フレアは昼着に一枚多く羽織っているだけで、飾りたてるような姿ではないが、マリウスはマントも着けた正装だ。
マリウスがフレアを連れて行ったのは、城の裏庭の隅だった。
ここのところ特に不穏な動きがないので、外の警備は表しかしてない。なので、そこへ連れ出すのも難しくはなかった。
マリウスはフレアを後ろに控えさせ、呼び出すための言葉をつぶやいた。
ペルセウスが女神を呼んで、アトンたちが驚いたのと同様、フレアも上空を見上げて息を詰まらせたようにしている。
それから慌ててフレアはひざまずいて、頭を下げた。
あの女神さまとは違う顔立ちだが、理知的で凛とした目のアテナの前で、フレアは息が苦しくなってきた。




