序章
最初はなんでもない平民の会話からスタートですが、徐々にギリシア神話で見覚えがあると思われるキャラクターが登場します。もちろん、神話通りには進みません。
オリンポスの神々が崇拝されるだけでなく、実際に人間の前に姿を現すことがあった時
代。
人間の国、アイカスでは、雲一つない暑い空の下、男たちが畑仕事に精を出していた。
「おい、おまえ最近ザウスへ行ったか?」
「いや。用がないから行ってないが?」
「そうか。妻から聞いたんだが、最近ザウスが荒れてて、食べ物が採れないんだとよ」
「あれ? 聞いたことないなぁ。あっちだけ土地が悪くなったのか?」
「いや、何だか怪物が出て暴れて、殺されちまった奴らが、俺らみたいな働き手ばかりら
しくてな、畑を耕せなくて枯れたとか」
「なんだそりゃ。そんなたいそうなことだったら、すぐにでも村中に話が広がってるだろ
う? 俺、二日前に近所の奴らと酒盛りしたけど、そんな話でてなかったぞ」
「あぁ、普通はすぐに警戒のおふれやら何やら、来るよな。だから冗談かと思ってるんだ
けど、妻が言うには、ザウスの使いすら殺されて、危険を伝えてくれる奴がいないとか」
「だったら、そんな話、こっちに来るわけないだろ」
「それがな、流れの乾物売りが、運よくザウスからこちらへ来られたらしいぞ。そいつの
話だと、人間が石になっちまっていると」
「人間が石に? 一体何の作り話だ。お前、真に受けたのか?」
男は、豪快に笑いだした。
「いや、本当に石になってるらしいぞ」
「骨の見間違えじゃないか? いや、骨が大量にあっても怖いけどな。で、それが怪物の
仕業だと? じゃ、なんで乾物売りは無事なんだ?」
「あぁ……その乾物売りは、自分は怪物が荒らした後に通過したから、無事だったんだろ
うって言ってる」
「ふーん……。見に行ったほうが早そうだな。でも、行って何もなかったら、俺は間抜け
呼ばわりされそうだし、女房に、何無駄に遊びにいってんだ、って怒られるだけだな」
男は、またも豪快に笑っている。
「まあ、いきなりこんな話してもやっぱ信じないよな。その、流れの商人が、まだ俺の家
の隣で宿借りしてるんだ。今晩はまだ次の村へ行かないようだから、聞いてみろよ」
「ああ……そうだな。そういや、そいつ乾物売りなんだろ。酒のつまみいいの持ってそう
だな。ついでに買い上げて話をきいてみるか」
男の興味は、酒のつまみへ移ってしまったようだ。
この話が真実であり、隣国のザウスが男たちの想像よりも遥かに深刻な事態に陥っていることが、アイカスの国王、ガレリウに伝わるのは、これより三日も後であった。