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17章

     7


 

 フレアの誕生日の祝いを昼過ぎまで見届けてから、マリウスはザウスへ向かった。

 二十日間ほどはフレアと顔を合わせないはずだった。

 が、慌ててアイカスに戻ってきたのは、誕生日から十五日過ぎた日だった。

 アトンが早馬でザウスにやってきて告げたのは、フレアが床に伏せてしまい、かなり深刻だということ。それから、そうなった理由を聞くと、戻らないわけには行かなかった。


「フレア!」


 部屋の扉を思い切りよく開け、マリウスが息をあげながら近づいた。


「お兄様……」

「昔のことを知ってる奴が、言いふらしていると……あぁ……」


 続けようとした言葉が嘆息にかわり、マリウスは目を見張った。

 フレアのふっくらとしていた頬はこけ、白い手の甲や手首は骨ばっている。


「何も食べてないのか?」

「食べる気がしなくて……」

「それでは駄目だ。少しでいいから、辛いものを……いや、甘いものが良かったのかな?」


 うろうろする様に、フレアが少し吹き出した。


「いいの。どうせ喉を通らないんだから」

「しかし、何かは口にしなくては……。そ、そうだ。昔のことを言ってまわる奴がいたというのは、真か? あ、いや、辛ければ、話さなくていいぞ」

「大丈夫……。サラクの東の領主が来てて……。その人とご子息が」

「サラクか。どうして知っているんだ……。もっと気をつけて調べておくべきだった……」

「いいの。お兄さまのせいじゃないわ……」


 サラクはここから五つ西の国だ。今回こちらへ来たがっていたので、下調べをした上で招待したのだが、どうやら三年前の出来事を知っていたようだ。


「それで、そいつは何て言ったんだ?」

「ううん。私にじゃなくて、周りの人たちに言ったみたい。広間の一部が騒いでいるから、何かと思ったら、その話してたらしいの……」


 今や、メデュウサは化け物の代名詞だった。それは、ペルセウスが旅先で盾を使っていろんなものを退治しているのが風の便りで聞こえてくる度に、“あの盾で”とついでに語られるからだ。

 だが、ペルセウスはフレアの存在を知らないはずだ。もし知ったとしても、フレアとメデュウサが同一だと吹聴する奴ではないだろう。

 かたや美しい人間で、かたや石化した化け物の首。相反するような、二つの存在。

 誰もが同一だと考え付かないだろうと思っていた。

 なのに、どうして……。


「……私が側にいれば、そいつを連れだして何とかその場をおさめたのに……。そうだ、そいつはどうした?」


 マリウスは剣に手をかけた。今更それに手をやったところで、どうにもならないのに。


「お兄様。その人はもう……」

「名は。何という奴だ? 領主の息子だったか?」

「いいの。もういないから……」

「どういうことだ?」


 フレアの布団の端を持つ手に力がこもる。


「アトンさんが、切ってしまわれたわ」

「何と……」


 途端、力が抜けた。


「そんな奴、私がいたらこの手で……」


 思わず物騒なことをつぶやいてしまった。いけない。……それよりも。


「その場で、嘘だとか否定はできなかったのか?」

「それが、その親子、どういう言い方をしたのかわからないけど、みんな騒ぎだして、否定するどころじゃなかったのよ」


 そんな大事だったんなら、すぐ知らせて欲しかったとマリウスが言うと、フレアはうつむいた。


「事実だし……。事を起こした本人は連れ出されてすぐに切られてしまったから良いと思ったの。一応、みんなの居ないところで切ったようだし、その後はお父様が虚言だといいくるめてくれたので、何とか落ち着いて終わらせたわ。でも、その後からまたあの夢を見るようになって……どうしても食べられなくなって。こんなになってしまったから、アトンが伝えに行っちゃったのね」

「そういうことか……。ならば、これ以上あの話が伝わることはないではないか。安心して何か……」

「でも、そのせいで申し込みが……」

「あ、あぁ……」


 こんな事が起こってしまっては、求婚者らもしばらく様子見をするか、辞退するだろう。


「早く出ていかないといけないのに……」

「そんなことはない」

「えっ?」

「いや……」


 先を続けかけて、言いよどみ、マリウスは視線を彷徨わせてフレアの胸元を見た。

 薄紅色の寝着から、浮きだった鎖骨が見えている。その首筋には……。


「私が贈った飾りをつけているのだな」

「もちろんですわ。もう……これ以外はつけないわ。お兄さま」


 マリウスはフレアを見つめた。やせて輪郭が変わったせいで、普段から大きい目が、余計大きくみえる。


「フレア……」


 マリウスはフレアの右手をそっと両手で覆った。


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