14章
「ごめんなさい、起こしてしまって……」
静かに扉を開け、フレアが入っていいかと伺っている。
マリウスは驚きつつもうなずくしかない。
「大丈夫だ。まだ寝てなかったからな。で、どうしたんだ?」
寝着のまま、しかも髪を結っていないフレアの姿に、マリウスは鼓動が早くなるのを感じたが、かろうじて胸に手をやるのは抑えた。
「誰か不審な奴でもいるのか?」
剣を持とうとすると、フレアは首を振った。
「ごめんなさい…。嫌な夢を見ただけなの……」
「え?」
「私、メデュウサなの」
「何を? フレア。今は違うだろう」
「沢山人を殺した、メデュウサなのよ……」
か弱い声でそう言うと、扉の近くでうずくまってしまった。
「フレア。大丈夫か。目を覚ますんだ」
「覚めてるわ」
その声は震えている。
「でも、さっきの人たちを、みんな石にしてしまったのよ……」
「さっきって。……しっかりしろ!」
「大丈夫よ……」
低い声で否定し、両手で顔を覆っている。よほど酷い夢を見たのだろう。
錯乱しているのは明らかだ。
マリウスは自分の上着をとると、フレアの肩にかけてやった。
「お兄さま……」
そうつぶやいたかと思うと、フレアはマリウスの手をつかんできた。
その冷たさに、マリウスは振り払うことなどできない。どころか、思わずその肩を抱いてしまった。
「お前はフレアだ。もう、その名前しかないんだ」
「でも、忘れることはできないの……」
マリウスの身体の暖かみを得て、フレアは少しだけ落ち着いてきたようだ。
「お兄さま。私、眠りたくない……」
「わかった。今晩は私も起きていよう。何か飲むか? ここには器が一つしかないから、取りに行ってくるよ」
マリウスが身体を離して、扉をふさいでいるフレアを立たせようとするが、フレアはそこから動かない。
「いいの。みんな眠ってるから、起こしてしまってはいけないわ。それより、ずっと眠らずに済む方法ってないかしら……」
つぶやかれた言葉に、マリウスは驚いて再びしゃがんだ。
暗い部屋の中で、フレアは座り込んだまま両手を覆っている。
「今晩はついていてやるが、毎晩眠らないわけにはいかないだろう。同じ夢は見ないから、大丈夫だ」
「見るのよ、お兄さま。何度も……」
首を振るフレアがたまらなくなって、マリウスは先ほどより深くかき抱いて、両手をフレアの背に回した。
「大丈夫だから……」
自分の声が熱い。
「なら、近くにいて。……夜、一緒にいて。お願い……」
フレアの手もマリウスの背に移動している。
「わかった。眠るまでは側にいるから」
「駄目。眠ってからも側にいて。私が嫌な夢をみたら、すぐ起こしてっ」
「フレア……」
マリウスは困惑した。まさか、一緒に床につくわけにはいかない。
「侍女にいてもらえば……」
「いや。……マリウス……兄様……」
フレアは顔をマリウスの胸に押し付け、むせび泣いている。
薄い布地の服一枚だったマリウスは、暖かい涙を直に感じ、直後、顔をこわばらせた。
「フレア。駄目だ」
妹の名を呼ぶ声がかすれている。
「兄様……」
「私は、兄である前に男だ」
はっきりと告げ、身体を離した。
「わかってます」
「フレア!」
「わかってないのは、兄様だわ……」
低い声で告げて、フレアは立ちあがった。
「おやすみなさい……」
フレアは目をあわさず、出て行った。
扉が閉まると、マリウスは濡れた上着を脱ぎ、熱くなった身体を冷ました。