13章~新しき名で~
活動報告にちょこっと今後の展望を載せました。
結局、さんざん悩みながら、自城に着く寸前に、フレアという名はどうかと恐る恐る告げてみるとにっこりとうなずいてくれたので、胸をなでおろした次第だった。
フレアのこれからの人生をずっと守っていこうと、マリウスは心に誓った。
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城についてから、国王の親族でもあり、養子として末の子扱いをするということで城内
外に必要な人にだけ告げた。それから城にいた侍女のうち、フレアに年齢の近いマチネという名の侍女をつかせつつ、家事を習わせ、勉強の面はマリウス自身が教えた。
勉強を教えるうち、フレアにはそこそこの知力があるのに気づいた。
せっかくだからと、外交の勉強もさせるため、フレアの存在を絶対知らないであろう土地に連れていくこともあった。
◇
三年も経つうち、フレアの美しさは少しずつ周りの人々の口で広がり、中にはマリウス
がいる目の前で、真剣に結婚を申し込む若い商人などもいた。
フレアはその度に嫌がり、それがきっかけで最近は外交として国の外へ出ることが減っ
てきていた。
夏を過ぎたころ、マリウスは自室へ飲み物を運んできてくれたフレアに、意を決して声をかけた。
「フレア。世話になっているからと言って、遠慮しているのか?」
「いきなり何ですの? お兄さま」
「今まで会った中で、気に入ったやつがいれば、嫁いでもいいんだぞ」
マリウスがそう言った途端、フレアは注いでいた葡萄酒を器からこぼした。
「なに、それ……。お兄さまは、見合いさせるつもりで、見世物のつもりで、私をあちこち連れ出していたということなの?」
「いや、そんなつもりではない。出先でいろんな実情をみせて、しっかり意見も求めてただろう?」
「それは、そうだけど……。私の意見なんて本当はどうでもよくて、見せて廻るのが目的だったんじゃないの。だから、一年くらい前に申し込みがあっても、お兄さまは反対しなかったのね」
「いや。お前の意思が最優先なのに、私が断ってどうするんだ」
「私は本当に嫌がってたのわかってたくせに。その場で断って欲かったのよ……」
「そんな権利は、私にはない」
「でも、でも……」
こぼした酒を荒々しく拭き、フレアは出て行こうとした。
「待て。まだ話は終わってない」
「私の頭に血が上ってるうちは、まともな返答ができません。ちょっと落ち着いてきます」
扉を勢いよく開けて、乱暴に閉めて、フレアは出て行ってしまった。
大きな音を立てた扉をみつめ、マリウスは息を吐いた。
予想通りの言動ではあったが、自分の胸が、やけに痛い。
この先のことを思い、マリウスは額に手をやった。
◇
その夜は暑苦しいほどではなかったが、フレアはなかなか眠れなかった。
もちろん、昼間でのマリウスの言葉のせいだ。
いつかは、言われるのではないかと思っていた、その言葉。
ついに言われてしまった、その言葉。
覚悟はしていたから、泣くまいと心に決めていたけど、やっぱり自分の心は耐えられなかった。
とめどなく流れる涙が枕に染みて乾くころに、ようやく泣き疲れて眠りに落ちたが、今度は寝汗をかいて、うなされることになった。当然寝ていられず、薄紅色の寝着を乱して飛び起きた。
フレアはすぐに辺りを見回し、すぐに寝汗と頬につたう涙に気づいて、拭った。
「もう、いやっ……」
小さくつぶやいて顔を両手で覆い、それから息を吐くと寝台から降り、水差しから水を注いで一口飲み、部屋を出た。
マリウスは夜更けにもかかわらず起きていた。今夜は書物を読んでいるのではなく、手元を明るくして作りものをしていた。
眠れないのだった。
眠くないから、昼間やってもよい作業をしていた。
作りながら、昼間怒らせてしまったフレアのことを考えていた。
フレアはやってきてから三年経った今でも、人の視線を避ける癖が抜けない。ようやくマリウスやよく顔を合わせる近しい者だけ、目を合わせることができるようになっただけだ。
もちろん、化け物になっていた時の影響だ。
ずっとそれではいけないからと思って、マリウスは勉強ついでに頻繁に外に連れだしていたが、それも一年前にいきなりの結婚申し込みをしてきた奴のせいで、できなくなってしまった。
怒ってしまったフレアの機嫌は、朝には戻っているだろうか。
そんなことを考えながら、マリウスは手作業を続けていた。が、ふと顔を上げた。
扉の向こうで気配がする。
こんなところまで不審者が侵入してくるとは思えないが、一応近くまで剣を引き寄せてきた。
扉をゆっくり叩く音がした。
大丈夫。敵ではないだろう。
「誰だ?」
マリウスはゆっくり尋ねた。
「マリウス兄さま。私です」
「フレア?」
思いもよらぬ相手に、マリウスは慌てて手元で作っていたものを片付けて、応じた。