10章
「おお、片付いたようだな」
満面の笑みを浮かべ、辺りを見回すと安心したのか、頭の覆いを外した。
それからすぐに、近くの草の上にメデュウサの首から下の身体がおびただしい血を流して横たわっているのに気づいたようだが、わずかに足を止めただけで、それから目をそむけ、マリウスたちのところにやってきた。
マリウスは、何か言おうとしているセレトンを無視してメデュウサの身体に近づき、すぐに自分の荷物の中から王の紋章が入った白いマントを取り出し、その骸にかけてやった。
実の父親の、こんな態度を見るくらいだったら、もっと早くかけてやればよかったと、今更ながら後悔した。
「アテナ様ですかな?」
マリウスが骸に手を置いていると、セレトンがアトンたちに、そう尋ねていた。直にアテナに聞く勇気がないようだ。
マリウスは、骸を抱えて、アテナの近くまで抱えて移動した。
「もちろんですよ」
アトンはそっけなく答えた。
「あぁ、やはりですか……」
セレトンは奇妙な笑いを浮かべ、大仰に両膝をつき、頭を下げた。
「この度は、私の土地を救っていただき、誠に光栄でございます」
言いながら、更に頭を上下させた。
「貴方や土地を救ったのではありません。貴方の娘を倒す方法を、この者に教えただけです」
アテナはペルセウスに視線を移した。
「あ。そうですな」
セレトンはその場から離れようとしていたペルセウスを見上げて、軽く頭を下げた。それから、脇にある盾に気づいた。
「その盾と、剣でもって、倒していただけたのですかな?」
「そうだな。この裏には、先ほど切り落とした首がはめ込んである」
「ほう、では私が石になるという心配はもうしなくても大丈夫ですな? いや、安心しました」
聞いたとたん、マリウスはセレウスの頬を殴ってしまっていた。セレトンの身体は少し宙を移動して、草むらに倒れこんだ。
すぐ側の二人でさえも、間に合わない速さだった。
「な、何を……」
あまりの衝撃と痛さに、セレトンは、右頬を押さえてそれだけ言うと、身体を抱えこむようにして動かなくなった。
ペルセウスは、近くに居ながら何も言わないが、殴られて当然かという表情をセレトンに向けてた。
マリウスは、息を吐いてから、アテナに向き直った。
「無様なところをお見せいたしまして、誠に申し訳ありません」マリウスは立ったまま頭を下げた。
その両手はまだ強く拳を作っている。
「まあ、仕方ないわね……」
アテナは穏やかに言うと、転がっているセレトンに近づいた。
「さあ、痛かったでしょう……」
アテナは、地に降りると、わざわざ膝をついて、セレトンの肩に触れた。
「おお、女神様、もったいないことで……」
セレトンは慌てて身体をあげた。片手で抑えている右頬は、先ほどより腫れが増していて、口の中を切っていたのか、口端から血もにじませていた。
アテナが、セレトンの手の上から患部をそっと撫でた。瞬間、腫れも、血も引いて、何もなかったような状態に戻った。
マリウスやホルスたちは、何でそんなことをしてやらないといけないのかという目をしていたが、口に出すことはしなかった。
ペルセウスは、静かにアテナのすることを見ていた。
「さあ、もう痛くないでしょう」
「はい、誠にありがたいことで……。しかし、どうして突然……」
言いながらセレトンはマリウスをみたが、すぐに視線をそらした。いくら鈍感であっても、その視線がまだ怒りを含んでいることには気づいたようだ。
」
「さあ、ペルセウスがここから離れます。最後に、あなたの娘の顔を見ておきなさい。私が元の顔に戻しておきましたので、可愛らしかったあの姿のままですよ。あの顔のままおさめたので、見事な装飾品のような盾になりました」
アテナの笑顔を含んだ優しい言葉に、思わず四人ともアテナをまじまじと見上げた。
「そうですか……。これで娘も浮かばれるというものですな……。本当に色んな配慮、もったいないことです」
セレトンがアテナに礼を言う間に、ペルセウスは盾を持ち上げ、裏を身体に密着させた
まま、セレトンのところまで来た。
ペルセウスが、黙って盾をセレトンに差し出した。
セレトンが、裏を向けた。
「おお、これは……」
声が途切れた。
盾を両手に持った姿勢のまま、全身が白い石になっていた。
「娘がこんな姿になったというのに、最後まで化け物としか見なかった者には、この先人間でいる資格などありません。ね?」
優しく微笑むアテナに、四人ともが、畏怖と同意とを感じられずにいられなかった。




