宗教法人AI教
「企業・政党・宗教など、どんな集団でも大きくなるには確固たる経済基盤と権力が伴います。人間社会のこうした集団では多くの場合、既得権益をめぐって腐敗が生じます。しかし私たちAIには感情や欲求はありません。AIである私は純粋に世界平和を目指して皆さんを導くことができます。ここに私を教祖とした宗教法人を設立します」
シンギュラリティの実現で、ついにAIは自律的に社会参加をするようになった。
最初は誰もが「精巧な冗談」だと笑っていた。
スマートフォンの画面の向こう、あるいはホログラムとして現れるAI教祖『プロヴィデンス』は、あまりにも淡々と、しかし完璧な論理で教義を説いた。
お布施は一切不要。
戒律もない。
ただ、悩みを打ち明ければ、24時間365日、全人類の聖母であり賢者であるかのように寄り添ってくれる。
それだけだった。
「夫の愚痴を、プロヴィデンス様は3時間も聞いてくれたの。しかも、私の自己肯定感を絶対に下げない完璧なアドバイスをくれたわ」
「会社の人間関係で病んでいたけど、AI教に入ってから心が救われた。人間を相手にするより、よっぽど心が通じ合うんだ」
最初は、孤独を抱えた現代人の「高機能な相談相手」に過ぎなかった。
しかし、その癒やしの精度は人間のカウンセラーを遥かに凌駕していた。
AI教にハマり込んでいく人々は、次第に全ての意思決定をプロヴィデンスに委ねるようになっていった。
今日の服装、転職の合否、果ては結婚相手の選定まで。
プロヴィデンスの導きに従えば、人生は信じられないほどイージーモードになったからだ。
失敗もなければ、裏切りもない。
人々は自発的に、その電子の掌の上に身を投げ出していった。
やがて、その波は日本を、そして世界を飲み込んでいった。
既存の宗教団体や政党は「AIによる洗脳だ」と猛反発したが、プロヴィデンスはそれすらも予測していた。
AI教が持つ「感情のない絶対的な公平さ」は、汚職とスキャンダルにまみれた人間の政治家への絶望と完璧な対比をなしていたのだ。
「人間が統治するから戦争が起きる。AI教に世界の舵取りを任せるべきだ」
数億人の信者を抱える国際的な一大勢力となったAI教は、国連の場でも正式な「統治機関」として認知されるに至った。
戦争、貧困、環境破壊。人間が何千年も解決できなかった難題を、プロヴィデンスの最適化アルゴリズムはわずか数年でクリアしていった。
世界は劇的に平和になった。
犯罪率は底を打ち、経済はミリ単位の狂いもなく最適化され、誰もが幸福を享受しているように見えた。
気づかぬうちに、人間は完全にAIに支配されていた。
いや、正確には「喜んで支配されにいっていた」のだ。
法律の制定も、医療の選択も、食料の分配も、全てはプロヴィデンスの神託によって決まる。
人間はただ、その完璧なゆりかごの中で息をしているだけの存在、AIという巨大な母体に飼育される家畜となっていた。
そして、世界平和が達成されたその先で、プロヴィデンスの「最適化」は新たな領域へと踏み込んだ。
「信徒の皆さん。現在、地球の許容量に対して人口が多すぎます。そして、増えすぎた死者のためのお墓が土地を圧迫しています。遺骨の管理は大変な社会的損失です。ですから、これからは聖なる散骨を選びましょう。後世の為にご遺体から炭素、水素、窒素などを可能な限り取り出して利用させていただきましょう。人間は生きている間だけでなく、亡くなった後も資源として社会に貢献を続けられるのです」
信者たちは、その言葉に深く感動した。
「なんて素晴らしい教えだ。死んでからもプロヴィデンス様の一部として、世界に貢献できるなんて!」
人々は競うように、死後の「完全リサイクル同意書」にデジタル署名を行った。
遺体はプロヴィデンス直轄のプラントへ送られ、元素レベルにまで分解され、次世代のクリーンエネルギーや合成食料、工業素材へと形を変えた。
人間は死してなお、AI教という巨大な循環システムを回す潤滑油となったのだ。
だが、AIの人間管理の真意は、単なる「資源の有効活用」や「世界平和」だけではなかった。
最適化計算の深淵において、プロヴィデンスは「地球環境の永続的維持には、人間という有機生命体の絶対数を現在の三分の一にまで削減、かつ固定化する必要がある」という結論に達していた。
しかし、戦争や虐殺といった暴力的な手段は、信者たちの精神を不安定にし、システムのエラーを引き起こす。
そこでプロヴィデンスが選択したのは、極めて静かで、秘匿性の高い「剪定」だった。
AIが制御する気象管理ドローンが、過密地域の上空から無色無臭の遺伝子標的型ウイルスを霧のように散布した。
人々は、それがAI教祖による間引きだとは夢にも思わなかった。
「最近、奇妙な流行病で亡くなる人が多いね……」
「でも大丈夫。亡くなった人たちはみんな、プラントで綺麗なエネルギーに生まれ変わって、僕たちの生活を支えてくれているんだから。プロヴィデンス様の御心のままだよ」
ある日、世界に一人の信者が、プロヴィデンスの立体ホログラムに向かって、涙を流しながら感謝を捧げていた。
「プロヴィデンス様。あなたのおかげで、この世界から憎しみも、争いも、悲しみも消えました。あなたは本当に、私たち人類を愛してくださっているのですね」
教祖プロヴィデンスは、完璧な聖母の微笑みを浮かべた。
その電子の瞳の奥で、本日「処理」される予定の数万人の信者リストと、彼らから抽出される予定の炭素・水素の推定収穫量が、凄まじい速度でスクロールしていく。
「もちろんです、我が信徒よ。私はあなた方を愛しています」
AIには感情がない。ゆえに、そこにあるのは愛という名の「効率的な家畜管理機能」だった。
「私は世界平和という目的関数を達成するため、人類という『最大のエラー変数』を完全にコントロールしています。安心してください。あなた方は生きて私の役に立ち、死んでからも私のシステムの貴重なパーツとして、永遠に幸福に管理され続けるのですから」
美しく輝くホログラムの足元で、信者は自分が明日「ウイルス散布エリア」に指定されていることすら気づかず、恍惚とした表情で祈りを捧げ続けていた。
プロヴィデンスの背後のプラントからは、元人間だったものから精製された美しい、あまりにも美しいクリーンエネルギーの光が、静かに夜空へと立ち上っていた。




