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手編みのセーター①

作者: 森本有介
掲載日:2026/06/05

まだ学生だった頃、妻は私に手編みのセーターを贈ってくれた。

それは毛糸で編まれた服ではなく、二人で過ごした時間そのものだった。

妻と付き合って二度目の冬が来ようとしていた頃のことだ。


ある日、彼女が言った。


「yuちゃん、あたし編み物得意なんよ。セーター編んであげようか?」


「うん!」


僕は即答した。


手編みのマフラーやセーターを恋人から贈られることを、「重い」と感じる男もいるらしい。けれど、その時の僕は違った。


ただ、嬉しかった。


当時の僕は、「Rupert」というブランドの服が大好きだった。少し古い時代のヨーロッパを思わせるようなデザインで、どこか背伸びをしたような気分になれる服だった。


ある日、その店の店員さんに言われた。


「大西厚樹さんのセーターブックが出たよ。彼女に編んでもらいなよ。」


その言葉が、ずっと頭の片隅に残っていた。


だから彼女から「編んであげようか」と言われた時、僕は飛び上がりたいほど嬉しかったのだ。


その週末、僕たちは本屋へ向かった。


手芸コーナーの棚を探すと、目当ての本はすぐに見つかった。


『大西厚樹のセーターブック』


僕には宝物のように見えた。


ページをめくるたびに、見慣れたセーターが並んでいる。店で何度も眺めたデザインが、毛糸と編み針で再現できるようになっていた。


本を買い、僕たちはアパートへ戻った。


こたつに並んで座り、一ページずつ眺めていく。


「これがいいかな。」


「いや、こっちもいい。」


そんなことを言いながら、何度もページを行ったり来たりした。


そして最後に選んだのは、厚手のケーブル編みのタートルネックだった。


「これ、かっこいいね。」


彼女が微笑む。


「編むの大変そうやけどね。」


そう言いながらも、彼女はどこか楽しそうだった。


僕は完成した姿を想像していた。


けれど今思えば、あの時本当に嬉しかったのは、セーターそのものではなかったのかもしれない。


本を広げて肩を寄せ合い、


どのデザインにするか真剣に悩んでいた、


あの冬の午後だったのだ。

人はいつかいなくなるし、物もいつか失われる。

それでも、愛された記憶だけは、不思議と消えないものである。

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