夕暮れ
太陽が夕闇に呑まれかける頃――山並みが赤々と燃えていた。
その空を、巨大な影がいくつも横切る。
黒竜たちだ。腹の底から絞り出すように黒い炎を吐き散らし、山肌を焦がしていく。
酒場の前で地べたに座り込んでいた男は、酒瓶をぶら下げたままゆっくりと立ち上がった。
「……またか」
腰をトントンと叩き、男は酒をひと口。
顔をしかめ、吐き捨てる。
「やっぱりクソみたいな酒だ。こんな腐った連中助けたところで、何が変わる」
そのぼやきと同時に、男の足元に魔法陣が浮かび上がり、白い光が弾ける。
「はいはい。こんなもんだろ」
光が収束した瞬間、男は炎の只中――黒竜の頭上にいた。
彼は酒瓶を軽く振りかぶり、竜の頭蓋を小突く。
コン。
乾いた軽い音。しかし次の瞬間、黒竜は山肌を割って地面へ叩きつけられていた。
男は空中でニヤリと口角を上げる。
無数の半透明の糸が彼の指先から伸び、他の竜たちの首を結びつけていた。
空へ引き上げられた竜は凧のように足をばたつかせ、火を吐いて糸を焼こうとするが――焼き切れない。
「酒のツケだ。代価はお前らだ。」
糸が震え、山並みの遥か上空に巨大な魔法陣が展開する。
そこから、山を三つ呑み込むほどの巨大な白い手がゆっくりと現れ、竜たちを包み込んだ。
その指の間から、真っ赤な鮮血が滝のようにこぼれ落ちる。
一瞬後――白い拳が山の地底へ突き立ち、轟音が大地を揺るがした。
眩い光と共に巨大な手は陣の彼方へ消え、静寂だけが残る。
男は、何事もなかったようにヨタヨタと山道を下っていく。
それを遠くから見ていた老山人は、膝をつき、震える声で呟いた。
「あっとだい……あっとだい……」
古の時代にしか使われなかった、魔法の言葉。




