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無自覚なのろけで魔除け成功のち曇り雨

 王都に到着して間もなく。

 マルクスは陛下に呼ばれ、アシュリーは一人で城内を散歩していた。


 高い回廊に差す光は冷たくも華やかで、鮮やかな絨毯が敷かれている。王都ならではの豪奢さに、懐かしく思いつつアシュリーは少し緊張しながら歩いていた。



 だが、角を曲がったところで数人の令嬢たちが行く手をふさいだ。


「まぁ、“辺境の奥方”ではなくて?」

「なぁんにもないんでしょう?」

「ドレスもろくに仕立てられないんじゃなくて?」


 くすくすと笑う声。ルーチェのお友達だったかもしれない。

 アシュリーは真顔のまま答えた。


「……たくさん、ありますよ」


 令嬢たちが一斉に瞬きをする。

 アシュリーは思い出すように、少し頬を染めて節目がちに言葉を続けた。


「マルクス様が、全部ご自身で選んでくださったんです。深紅のベルベットも、翡翠色のタフタも、雪みたいに白いサテンも。

 それから……銀糸をたくさん織り込んだドレスまであって。王都では見たことがなかったので、とても驚きました。

 初めて袖を通したとき、本当に胸がいっぱいになって……」


 令嬢たちは目を見開いた。

「た、タフタ……?あれは王都でも限られた織元にしか……!」

「深紅のベルベットなんて高価なものを……?」

「銀糸って、隣国で開発されたばかりで手に入らないって噂の……!」


 震える声で囁き合うが、アシュリーは気づかない。


 ぽつりと照れたように、さらに重ねた。


「それに……辺境は寒いですけど、よく辺境伯閣下が“冷えるだろう”って抱きしめてくださるんです。あたたかくて、ほっとしてしまって……」


 瞬間、令嬢たちの顔が真っ赤に染まる。

 「そ、そんなこと……っ!」

 「聞いてない……!」

 声を荒げたが、次の言葉は出ず黙り込む。

 アシュリーは微笑んで小首を傾げる。


「……す、すみません、でも、優しく聞いてくださってありがとうございます…!」


 近くで任務にあたる騎士たちは肩を震わせ、必死に笑いを咳払いをして誤魔化していた。


「王弟に嫁いだからって、いい気にならないことね」

令嬢たちはそう言い残し、踵を返して逃げるように去っていった。



 その言葉が胸に刺さり、アシュリーは呆然と立ち尽くした。

(……王弟……?マルクス様が……王家の方……? では、私なんかが本来嫁げるような方では……)


 どう考えていいのかわからない。アシュリーは硬直したようにその場で立ち尽くす。


 気づけば両手をきゅっと胸の前で組み、俯いていた。


(マルクス様が呼ばれたのは、私と婚姻させないためかもしれない…!)


 涙が静かにこぼれる。

 回廊の高窓から差す光に照らされ、頬を伝う雫はまるでキラキラと宝石のように煌めく。

 その姿は儚くも神秘的で、まるで聖女が祈りを捧げているかのようだった。


 騎士たちは息を呑み、誰もが一瞬、声をかけそうに身を乗り出した。

 その瞳に浮かんでいたのは――憧れにも似た敬意。


 だが。


「……ご心配なく」


 低く、落ち着いた声が空気を制した。

 マルクスがゆるやかに歩み寄り、柔らかな笑みを浮かべながらも、揺るがぬ威厳を帯びていた。


 その一言に、騎士たちははっとして頭を垂れ、静まり返る。


 誰も、彼の花嫁に軽々しく声をかけることは許されない――そう悟らされたのだ。


 マルクスはアシュリーの前に立ち、そっとその肩を抱き寄せた。

「……泣いているのか」


「……い、いいえ、なんでも、ありません」

 俯いたまま、小さな声で答える。胸の奥に渦巻く不安を隠そうと必死だった。


 マルクスは彼女の指先から手をすくい上げ、そっと握り込む。

 そして、優しく涙を拭いながら囁いた。


「君が泣いている理由を、私は知らなくてもいい」


 灰銀の瞳が真っ直ぐに射抜く。

「けれど、覚えていてほしい。君がどんな思いに揺れても――私は君の隣にいる」


 胸の奥をきゅっと掴まれるようで、アシュリーは思わず視線を逸らした。


「……マルクス様が、そう言ってくださるなら……」

 震える声で呟いた瞬間、前髪をかき上げられ、額にそっと口づけが落とされる。


「……君の涙を笑顔に変えるのが、私の役目だ」


 その低い囁きに、アシュリーは悩んでいたことも忘れ胸がいっぱいになり、赤く染まった頬を彼の胸に隠した。


 彼女を抱き締めながら、マルクスは心の奥で思う。


(……こんなにも愛おしい存在を私はもう手放せない)


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