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外伝3 元悪役令嬢、イケオジに翻弄されちゃう!

 夜更けの辺境城。

 他国の貴賓を招いた交流晩餐会の夜。マルクスが家令を労い自室に戻ってくると、奥のソファに、アシュリーが腕を組んで座っていた。


 月夜のような髪にランプの光を柔らかく反射している。

 表情は――明らかに不機嫌だった。


「……ただいま、アシュリー」

「お帰りなさいませ、マルクス様」


 声はいつも通り、いや、ほんのわずかに刺がある。


 マルクスは驚いて直ぐに外套を脱ぎ、隣に腰を下ろした。

 「……あー…怒ってる?」

 「怒ってなど、いません」

 「そ、そう?」

 「ええ」

 語尾の「ええ」が氷のようだ。


 重く落ちる沈黙に、マルクスは冷や汗をかいた。



 晩餐会――

 本日の辺境の夜会は殊更、華やかだった。

 諸国の外交官や外務大臣に混じり、数人の姫君たちが色とりどりの美しいドレスで現れたのを覚えている。


 彼女たちはこの国に結婚相手を探しに来ているようなものだが、マルクスを気に入ったらしくやけに長く引き留められた。


 しかし、それだけのことだ。

 マルクスは既婚者であり年も随分離れている。


 けれど、アシュリーの瞳には、浮気性の夫に見えたらしい。


「姫君たちと…、とても楽しそうでしたね」

 ぽつりと落ちた言葉が、刺々しい。

 マルクスは思わず苦笑する。


 「少し引き留められただけだよ」

 「……マルクス様はいつも女性に人気がおありですから……」

 「……だが、私には君がいるだろう?」

 「……っでもっ!」


 アシュリーがそっぽを向いた。

 耳まで赤く染まっている。


 その仕草が子供のようでマルクスは堪えきれず肩を震わせた。

 「……笑わないでください」

 「ごめん。少し嬉しかったんだ」

 「嬉しい?」

 「うん。君がそんな顔をしてくれるのが」


 マルクスの声はどこか甘い。

 その響きに、アシュリーの頬がさらに熱を帯びる。



 やがてアシュリーがゆっくりとマルクスの方を向いた。


 灰銀の瞳が、まっすぐに見つめ返す。

 その距離はほんの手の届くところ。


 「……罰を与えます!」

 「……罰?」

 「はい。貴方が他の女性と話し込み、妻を放置した罰です」


 言うが早いか、アシュリーは軽やかに彼の膝に乗った。

 マルクスの目が見開かれる。


 「ア、アシュリー……?」

 「動かないでください」


 真剣な顔で見上げられ、息が止まる。

 指先が彼の胸元に触れた。


 そして――

 ほんの一瞬、ためらいののち。


 彼女の唇が、そっと彼の頬に触れた。


 ちゅっ。


 目を閉じて、真っ赤な顔で。


 「これで、我慢します」

 そう言って微笑んだ。


 マルクスは一瞬、何が起きたのか理解できなかった。

 それから、見る見るうちに耳まで真っ赤になって顔を覆った。


「……君は」

 掠れた声で呟き、手を伸ばす。

 細い肩をそっと抱き寄せ、頬に指を這わせる。


 「……君は、いけない子だね」

 「え?」

 「無防備な君も罰が必要なようだ」


 言葉の次の瞬間、唇が重なった。


 「あっ……」


 熱く激しく普段よりずっと荒々しく。


 アシュリーの震える指がマルクスの厚い胸に触れる。

 心臓の鼓動が手のひらに伝わる。


 息が混ざり合う。

 長いキス、逃げられないほどの熱。


 唇が離れたとき、二人の頬は同じ色をしていた。


「……わかったかい?」

 マルクスが微笑む。

 アシュリーは放心していた。


 「っは、はい……」

 「うん、でもたまには悪くないよ」


 アシュリーは彼の胸に顔を埋めた。


 月明かりがカーテン越しに二人を包む。


 ――嫉妬は、ほどほどに!

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