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空の上でも熱い頬はなんのせい?

 王城からの呼び出しが届いたのは、まだ朝靄の残る時間だった。

 国王の紋章を表す封蝋にマルクスが眉に深く皺を寄せ、ため息をつきながら読んでいた。隣で見守っていたアシュリーは個人情報の観点から大きく横を向いている。


「……アシュリー、国王からの呼び出しで王都へ赴かねばならない。君も一緒に来てくれないかな…」


 灰銀の瞳が、強い光を宿して彼女を射抜く。


「……えっ、私も……ですか?でも私はまだ婚約者で……」

 驚いて目を丸くするアシュリーに、マルクスは一歩近づいた。


「私は――君と共に行きたいんだ」

 低く落ち着いた声。だがそこに迷いは一つもなかった。


「王都は何かと騒がしいし、あまり好きじゃなくてね…。でも、誰が何を言おうと、私は堂々と“私の妻”を隣に連れていきたい。

 ……それに君がいれば、私の心が休まるから」


 その真っ直ぐな言葉に、アシュリーは胸が熱くなる。返事をしようとしても喉が詰まって声が出ない。


(こんなことなら前世でもう少し人間関係を学ぶべきでした…学べるものなら…)


 アシュリーが大きくぶんぶんと頷くと、マルクスは満足そうに微笑んだ。



 城の前庭に出ると、一頭の巨大な竜が待っていた。銀色の鱗が黄金の朝日に反射し、まるで星々のように煌めく。


 竜の傍らには騎士団長イゴールと侍女ケイトの姿があった。二人は並んで深く礼をする。


「閣下、アシュリー様。どうかご無事で」

 イゴールの低い声に続いて、ケイトが真顔で言った。


「アシュリー様。ドラゴンは高く飛びますので……落ちたら確実に死にます。どうぞお気をつけください」


「……っ」

 アシュリーは一瞬息をのんだ。


「おいケイト……いきなりそんな言い方は…普通は“風が強いから気をつけて”とかだろ」

 イゴールが呆れたように眉を下げる。


「ですが、事実ですので」

 ケイトはきっぱりと言い切る。


 イゴールはため息をつきつつ、にやりと笑った。

「自分がドラゴンに乗るのがいつも怖いからって…」

「私はただ、地に足をつけたいだけです」


謎の言い訳にイゴールがケイトの頭を撫でた。

「ほんとにお前は……そういうところが可愛くて仕方ないんだよ」


「なっ……! そ、そういうことは……!」

 ケイトの頬が一気に赤くなる。しどろもどろになった末、真顔で口走った。

「……そういうのは、閨でだけ仰ってください!」


「おい、それを真顔で言う方が余計に恥ずかしいだろう」

 イゴールが頭を抱える。


 ケイトは耳まで真っ赤にし咳払いをした。

「……と、とにかく奥様、どうぞお気をつけて!」


 そのやり取りに、アシュリーはくすくす笑い、マルクスは隣で小さく目を細めた。

「……ああして言い合えるのも、夫婦には必要なのかもしれないね」


「……夫婦……」

 その言葉に、アシュリーの胸はくすぐったい熱でいっぱいになった。



 竜の前で差し伸べられたマルクスの手を取ると、そのまま抱き上げられて背に乗せられる。

 思った以上に近い距離に胸が触れそうになり、アシュリーは慌てた。


「っ、あ……!」


 けれど腰をしっかりと支えられ、耳元に低い囁きが落ちる。

「……しっかり掴まって?私が君を落とすわけがないが、もっと君を近くに感じたい」


 吐息が髪を揺らし、首筋が熱を帯びる。


 美しい翼が大きく広がり、風を切って竜が舞い上がる。

 雪をいただいた山々が眼下に連なり、凍った湖が陽光を反射して煌めく。

 大地を守る城壁でさえ、今は小さな線のように見える。


「……すごい……!」

 子どものように瞳を輝かせ、思わず身を乗り出すアシュリー。


「危ない」

 ぐっと腰を抱き寄せられ、背に強い腕が回る。

 耳元で、くすくすと笑う声。

「…無防備だね」


 アシュリーの口から思わず零れ落ちた。


「……浮遊するより楽しい!」


 マルクスの瞳が見開かれ、そしてすぐに緩む。

「……魔法で浮遊するのはなかなか誰も出来ないんだけどね」


 アシュリーは顔を赤くしながらも、胸の奥が満たされていくのを感じた。


 マルクスはさらに強く彼女の腰を抱き寄せ、耳元に低く囁いた。

「……ただ…危なっかしいから、空の上でも君は私の腕の中が一番安全だ」


 吐息混じりの甘い声に、アシュリーは何も言えずにただ頷くしかなかった。



 やがて王都の尖塔が遠くに見え始める。

 けれどアシュリーの頬を染める熱は、空の冷たい風でも冷めることはなかった。

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