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外伝3 夏のひんやり優しい恋のお味をどうぞ?

 夏の陽射しがヴァルトリアの石壁を白く染めていた。


 山あいの風はまだ涼しいが、日向では薄く汗ばむほどだ。


「……やっぱり、夏といえば冷たいデザートです!」

 アシュリーは魔法で氷の塊を作った。

 触れていないのに、空気までひんやりとして心地よい。


「今日は前の世界で見た“グラニテ”というお菓子を作ります!」


「グラニテ……?」

 ケイトが首を傾げる。

「氷菓です。水に果実の汁とハーブを混ぜて凍らせて、砕いて、氷の粒にするんです」

「……なんだか難しそうですね」

「だいじょうぶ。根気が要るだけです!」


 アシュリーはにっこり笑い氷を金属の箱に入れる。


 庭のミントを刻んで、辺境で採れる柑橘の果汁を絞った。

 香りが爽やかで、どこか懐かしい。


 小鍋に水と砂糖を入れ、弱火で煮詰める。

 透明な蜜が出来たところで、果汁とミントを加える。


 ケイトが横で見守る。

「……それにしても、アシュリー様。閣下が好きな果物よくご存知でしたね」

「ええ。その、前にこっそり庭のをもいで召し上がっていて」

「……閣下らしいです」

「ふふ。だから今日は、その果実で作ってみようと思って」


 アシュリーは微笑み、平たい器に先ほどの液体を流し込む。

 氷の上にのせ、魔法で使って、慎重に凍らせていく。

 そして時折、丁寧にフォークで混ぜ細かく砕く。


 氷の粒ができていくたびに、淡い柑橘の香りが漂った。

 冷たく澄んだ音が、夏の午後に涼しさを運んでいた。


 小一時間後、アシュリーは小さなガラスの器にグラニテを盛り付けた。

 オレンジ色の果実をひとつ、ミントの葉と共に添える。

 光を受けて、薄ら色のついた透明な氷が淡く輝く。


「できました。……ケイト、味見を」

「まあ……爽やかで、でもどこか優しい味です」

「よかった……。じゃあ、これをマルクス様ののところへ」


 アシュリーは器を木枠の硝子盆に乗せ、執務室へ向かった。

 回廊に心地よい夏風が入ってくる。



「マルクス様!お仕事中、失礼いたします」


 扉を開けると、彼は窓辺の机で書類を見ていた。銀灰の髪が光に淡く光っている。


「なんだい?」

「少し冷たいものを……と思いまして。新しく作ってみたんです」


 アシュリーはお盆を机に置き、そっと器を差し出した。

 透明な氷の粒が陽光を受けて、まるで宝石のようにきらめいていた。


「これは……美しいね」

「はい。“グラニテ”といいます。前の世界のデザートです。冷たくて頭がすっきりするお菓子かと」

「ありがとう」

 マルクスは穏やかに目を細め、スプーンを手に取る。


 ひと口、口に含む。

 さらりと溶けて、爽やかな酸味と甘みが広がった。


「……美味しい」

 それだけ言って、彼はしばらく黙った。

 アシュリーが不安そうに首を傾げると、マルクスは小さく笑った。


「きっと作るのは大変だったのではないかな?」

「い、いいえ!」

「ありがとう。君の愛が嬉しいよ」


 アシュリーの胸がきゅっと締めつけられた。


「……そんな、たいそうなものでは」

「……私は、そんな君が好きだよ」

 彼は穏やかに微笑む。


「……君も食べよう。ほら」

 マルクスがスプーンを差し出す。


 アシュリーは目を丸くした。

「えっ……いえ、あの……」

「これは命令だよ」

 少し冗談めかした声に、アシュリーは笑い、そっと口を開いた。


 冷たい氷が唇に触れ、次の瞬間、爽やかさに満たされる。


「……美味しい」

 二人は顔を見合わせ、微笑んだ。


 風がカーテンを揺らす。

 夏の光が、二人の間でゆらゆらと滲んでいる。


 重ね合わせられた唇は、ひんやりと冷たく、大人の味がした。

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