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外伝3 新妻な悪役令嬢?お昼ごはんは甘い愛♡

 昼の陽射しがやわらかく差し込むころ、ヴァルトリア城に、秋の風が小麦の香りが漂っていた。


「やっぱりサンドイッチかな……」

 アシュリーがエプロンの紐を結びながら小さく呟いた。

 目の前には焼き立てのバゲット。

 外はこんがり、中はふんわり。 


 ケイトが隣で微笑んだ。

「閣下はなんでも喜ばれますよ」

「連日お昼ご飯を召し上がってないみたいで……今日はどうしても何か食べてほしいんです…」

「アシュリー様の手作りなら、きっと召し上がられますよ。軽めのサンドが良さそうですね」

「そうだといいのですが…柔らかなリーフ、それにハム……チーズも入れましょうか」


 軽く焼けたバゲットに、バターを薄くのばす。


「マルクス様が書類をしながらでも食べられるように小さめに切りましょう」

「愛情ですねえ」

「ケイト……!」

「可愛らしいです」


 ケイトが茶化すように笑い、アシュリーは照れている。

 ハム、チーズ、リーフを挟んで切り分ける。

 手のひらほどの紙に包むと、まるで小さな贈り物のようになった。


「よし。これなら片手でも召し上がれそう」

「閣下、絶対に喜ばれますよ」


 アシュリーは頷き、籠に入れて布をかけた。



 昼過ぎの回廊は静かだった。


 高い窓から差す光が石の床を照らし、外の冷たい風が少しだけ入り込む。


 アシュリーは籠を両手で抱え、足音をできるだけ立てないように歩いた。


 執務室の前で立ち止まり、扉を軽く叩く。

「マルクス様。……よろしいですか?」


「どうぞ」

 中から穏やかな声が返る。


 扉を開けると、マルクスは机に向かって書類を整理していた。

 肩まで光が差し込み、灰銀の髪がゆるやかに揺れる。


「お仕事中にごめんなさい。お昼を召し上がっていらっしゃらないみたいだったので」

 アシュリーはそっと籠を机に置いた。

「その、バゲットサンドを作ったんです。バゲットは新しい小麦だそうです」


 マルクスはペンを置き、少し驚いたように目を細めた。

「君が作ったの?」

「はい。ケイトに少し手伝ってもらって」

「ふふ……それは楽しみだね」


 包みを開くと、香ばしい匂いが部屋いっぱいに広がる。


「……美味しそうだね」

「温かいうちにどうぞ……!その、味は保証できませんけれど」

「君が作ったのに、食べないという選択肢はないよ」

「マルクス様……」


 少し呆れたように見上げると、彼は穏やかに笑った。


 マルクスはサンドを手に取り、ひと口かじる。

 外の皮がぱりっと割れて、中の具材が調和する。

「……うん。最高だ」

「よかった……」


 アシュリーは頬を染めて俯いた。

「食べながら、仕事なさっても大丈夫ですから」

「いや、せっかくだから……少し休もうか」


 彼はペンを脇に置き、机の端を片づける。

 アシュリーが紅茶を注ぎ、二人は共に一息ついた。


 外では、兵たちや銀狼、竜の声が響いている。

 マルクスが手元のカップを見つめながら言った。


「うん、なんだかとても新婚らしい気分だよ」

 アシュリーは少し笑う。

「そうですね」

「私は世界一幸せな夫だね」


 彼の優しく甘い声に思わず胸が熱くなる。

 アシュリーはそっとカップを持ち上げ、微笑んだ。


「……また作りますね」

「うん、楽しみにしているよ」



 午後、マルクスの机の端に小さな包みが残っていた。

 中にはアップルパイと、アシュリーのメッセージカード。


 ――「お仕事の合間にどうぞ。冷めても美味しいはず……です」


 自信なさげな文字と、可愛らしい銀狼のイラスト。つやつやと美しいアップルパイ。


 彼はふっと笑い、窓の外を見た。

 秋の風が静かに流れ、金色の葉がひとひら、空を渡っていく。


 ――今日の昼は、幸福に満ちている。


 そう思いながら、彼はアップルパイの包みを開いた。

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