外伝3 ハティルの仲直り大作戦!with竜
朝の広間に、静かな緊張が漂っていた。
「……その視察、私も同行しても?」
アシュリーが控えめに言った。
「今回は王都派の貴族が多い…何が起こるか分からないから、君はここにいてほしい」
マルクスの声は穏やかだが、少し距離があった。
短い沈黙。
アシュリーは小さく息をのんだ。
「……承知しました」
そのまま立ち上がり、足音を立てずに部屋を出ていった。
残されたのは、マルクスと、椅子の下で伏せていた銀狼ハティル。
マルクスが視線を落とすと、ハティルは耳を動かして彼を見上げた。
瞳がまるで「今のはどういうつもりだ」と言っているようだった。
「……言いたいことがありそうだね」
マルクスが苦笑する。
ハティルは短く鼻を鳴らし、尾を一度だけ打った。
こめられた意味は明白だった――お前が悪い。
◆
庭に出ると、風がひやりと頬を撫でた。
アシュリーは薔薇の小径のベンチに腰を下ろし、膝の上の本は開いたまま。
金糸のしおりが、風に揺れている。
ハティルは音もなく近づき、彼女の足元で伏せた。前足を伸ばしてぽふん、と乗せた。
「……なあに、ハティル」
アシュリーが囁く。
もう一度、足を乗せる。
ハティルは真っ直ぐな目で彼女を見上げる。
「……お散歩?」
そう問うと、銀狼の尾が大きく揺れた。
アシュリーは思わず吹き出す。
「……分かりました。少しだけですよ」
並んで歩く。
靴が落ち葉を踏み、さらさらと音がした。
アシュリーは前を見つめたまま、ぽつりとこぼす。
「私……まだ守られてばかりですね。私なんかに、マルクス様のためにできることは……」
ハティルは答えない。
しばらく歩き、ふいに立ち止まると、空を見上げて大きく息を吐いた。
そのまま鼻先で、アシュリーの手を押す。
アシュリーはその仕草に気づき、同じように空を仰いだ。
薄雲の間から光が差し、銀の毛並みに反射する。
光を見つめるうちに、胸の奥のざらつきが少しずつ和らぐ。
アシュリーは目を細めて微笑んだ。
「ありがとう、ハティル」
銀狼は尾をゆるく揺らし、満足げに鼻を鳴らした。
◆
その光景を、城のテラスから見ている人がいた。
マルクスが紅茶を片手に、額に手を当てる。
「……完全に、彼女の味方だな」
下の庭でハティルがこちらを振り返り、堂々と尻尾を振った。
その“誇らしげな相棒”に、マルクスは思わず笑みを漏らす。
◆
午後の光が傾くころ、ハティルは“計画”を立てた。
アシュリーにはハティルが引っ張って、
マルクスには竜のフィオルが鼻先で押して連れてきた。
――そして。
森の小道で、見事に鉢合わせた二人は、ほぼ同時に口を開いた。
「……どうしてここに」
「フィオルに引っ張られて……」
「……私はハティルに…」
二人とも固まる。
ハティルは知らぬ顔であくびをし、そのまま草の上にごろんと横になった。フィヨルは二人の顔を見上げてきょろきょろしている。
尻尾がゆっくり左右に揺れる。
「……ハティですね」
アシュリーが苦笑する。
「……賢いな」
マルクスも小さく笑った。
◆
沈黙のあと、マルクスが口を開く。
「……ごめん。君を守ろうとばかりしてしまう」
アシュリーは俯いたまま、小さく首を振る。
「私のほうこそ。お役に立ちたいのに、言葉にできなくて、子供みたいでした」
ふたりの距離が、少しだけ近づいた。
その間に、ハティルがずい、と割り込む。
大きな頭で両方の頬を押しつけ、尻尾をぶんぶんと振った。
「ハティル……!」
「ハティル……仲裁ありがとう」
マルクスが笑い、アシュリーも目を細めた。
彼女は銀の毛並みに指を埋め、そっと囁く。
「ありがとう、ハティル。あなたがいてくれてよかった!」
銀狼は静かに目を閉じた。
その仕草は、「まったく、人間というのは手がかかる」と言っているようだった。
フィヨルもぱたぱたと羽を動かした。
◆
夜。
ハティルの小屋に、ケイトが毛布と干し肉を置いた。
「今日の功労者さんへ!これからもよろしくね」
ハティルは満足げに鼻を鳴らし、毛布に顔を埋める。
月の光が銀の毛に滲み、夜風が静かに通り抜けた。
ハティルは目を閉じた。
――平穏な夜。
それが、彼にとって何よりの褒美だった。




