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外伝3 ハティルの仲直り大作戦!with竜

 朝の広間に、静かな緊張が漂っていた。


「……その視察、私も同行しても?」

 アシュリーが控えめに言った。

「今回は王都派の貴族が多い…何が起こるか分からないから、君はここにいてほしい」

 マルクスの声は穏やかだが、少し距離があった。


 短い沈黙。

 アシュリーは小さく息をのんだ。

「……承知しました」

 そのまま立ち上がり、足音を立てずに部屋を出ていった。


 残されたのは、マルクスと、椅子の下で伏せていた銀狼ハティル。


 マルクスが視線を落とすと、ハティルは耳を動かして彼を見上げた。


 瞳がまるで「今のはどういうつもりだ」と言っているようだった。


「……言いたいことがありそうだね」

 マルクスが苦笑する。

 ハティルは短く鼻を鳴らし、尾を一度だけ打った。

 こめられた意味は明白だった――お前が悪い。



 庭に出ると、風がひやりと頬を撫でた。


 アシュリーは薔薇の小径のベンチに腰を下ろし、膝の上の本は開いたまま。


 金糸のしおりが、風に揺れている。


 ハティルは音もなく近づき、彼女の足元で伏せた。前足を伸ばしてぽふん、と乗せた。


「……なあに、ハティル」

 アシュリーが囁く。

 もう一度、足を乗せる。


 ハティルは真っ直ぐな目で彼女を見上げる。


「……お散歩?」

 そう問うと、銀狼の尾が大きく揺れた。


 アシュリーは思わず吹き出す。

「……分かりました。少しだけですよ」


 並んで歩く。

 靴が落ち葉を踏み、さらさらと音がした。


 アシュリーは前を見つめたまま、ぽつりとこぼす。


「私……まだ守られてばかりですね。私なんかに、マルクス様のためにできることは……」


 ハティルは答えない。


 しばらく歩き、ふいに立ち止まると、空を見上げて大きく息を吐いた。


 そのまま鼻先で、アシュリーの手を押す。


 アシュリーはその仕草に気づき、同じように空を仰いだ。

 薄雲の間から光が差し、銀の毛並みに反射する。


 光を見つめるうちに、胸の奥のざらつきが少しずつ和らぐ。


 アシュリーは目を細めて微笑んだ。


「ありがとう、ハティル」


 銀狼は尾をゆるく揺らし、満足げに鼻を鳴らした。



 その光景を、城のテラスから見ている人がいた。


 マルクスが紅茶を片手に、額に手を当てる。


「……完全に、彼女の味方だな」

 

 下の庭でハティルがこちらを振り返り、堂々と尻尾を振った。

 その“誇らしげな相棒”に、マルクスは思わず笑みを漏らす。



 午後の光が傾くころ、ハティルは“計画”を立てた。


 アシュリーにはハティルが引っ張って、

 マルクスには竜のフィオルが鼻先で押して連れてきた。


 ――そして。


 森の小道で、見事に鉢合わせた二人は、ほぼ同時に口を開いた。


「……どうしてここに」

「フィオルに引っ張られて……」

「……私はハティルに…」


 二人とも固まる。


 ハティルは知らぬ顔であくびをし、そのまま草の上にごろんと横になった。フィヨルは二人の顔を見上げてきょろきょろしている。

 尻尾がゆっくり左右に揺れる。


「……ハティですね」

 アシュリーが苦笑する。

「……賢いな」

 マルクスも小さく笑った。



 沈黙のあと、マルクスが口を開く。

「……ごめん。君を守ろうとばかりしてしまう」


 アシュリーは俯いたまま、小さく首を振る。

「私のほうこそ。お役に立ちたいのに、言葉にできなくて、子供みたいでした」


 ふたりの距離が、少しだけ近づいた。


 その間に、ハティルがずい、と割り込む。

 大きな頭で両方の頬を押しつけ、尻尾をぶんぶんと振った。


「ハティル……!」

「ハティル……仲裁ありがとう」


 マルクスが笑い、アシュリーも目を細めた。

 彼女は銀の毛並みに指を埋め、そっと囁く。


「ありがとう、ハティル。あなたがいてくれてよかった!」


 銀狼は静かに目を閉じた。

 その仕草は、「まったく、人間というのは手がかかる」と言っているようだった。

 フィヨルもぱたぱたと羽を動かした。



 夜。

 ハティルの小屋に、ケイトが毛布と干し肉を置いた。


「今日の功労者さんへ!これからもよろしくね」


 ハティルは満足げに鼻を鳴らし、毛布に顔を埋める。


 月の光が銀の毛に滲み、夜風が静かに通り抜けた。

 ハティルは目を閉じた。


 ――平穏な夜。

 それが、彼にとって何よりの褒美だった。


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