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外伝3 辺境の銀狼ハティルのわんわん物語!

 雪がしんしんと降っていた。

 辺境の冬は厳しい――が、今日だけは違う。


 城下の広場では、年に一度の「冬祭り」が開かれる。

 人々は木々を飾り、暖炉の火を持ち寄り、子どもたちは雪の上を転げまわっている。

 空には香辛料と焼き菓子の甘い香りが漂っていた。



「……ハティ、お願い!」

「わふ!」


 アシュリーの指示で、銀狼ハティルは器用に角材をくわえ、雪の上をずるずる引きずっていく。


 彼は今、“灯の樹”の骨組みを運ぶ最重要任務を任されていたのだ。


「すごいです、力持ちですね!」

 アシュリーがぱっと笑う。


 その一言に、ハティルはふんふん鼻を鳴らした。

 その誇らしげな姿を、近くで見ていたマルクスが少し苦笑する。


「……この城で一番褒められているの、もしかして彼じゃないか?」

 イゴールがこっそり囁くと、ケイトが真面目な顔で頷いた。

「その通りですね」


 ――その直後。


 「わふっ!?」

 ハティルが引いていた木材が滑り、マルクスの足元にドン!とぶつかった。


 「……うぐっ……!」

 雪の上に座り込む辺境伯。

 上からついでとばかりに雪が降ってきた。

 兵士も子どもも、あっけにとられて静まり返る。


 次の瞬間、アシュリーが真っ青になって駆け寄った。

「マルクス様!?ご、ごめんなさいっ!!ハティルは悪くありません!」


 マルクスは顔を上げ、雪まみれの頭で苦笑した。

「……大丈夫だよ。……少し、痛かったけど」

 そう言いながら立ち上がると、雪がぱさりと肩から落ちる。


 ハティルは「やっちゃった」顔で耳をぺしょっと下げ、すり寄って大きな舌でぺろぺろとマルクスの頬を舐めた。


 「わふぅ……」

 「……大丈夫!君が反省してるのは分かったから!」

 マルクスが押し倒された瞬間、周囲は爆笑に包まれた。



 祭りが始まるころ、広場は灯に照らされていた。


 雪の白と炎の赤、アシュリーの金糸のドレスが光を反射して輝いている。


 屋台では肉団子の入ったミルクスープ、果実酒の香りが漂う。

 アシュリーはハティルを連れて出店を巡っていた。


 「わぁ……このスープ、美味しい!」

 「わふっ!(おかわり!)」


 「ハティったら駄目です!あなたはもう三杯目でしょ!」

 アシュリーが止めようとするが、ハティルは器をくわえて逃走。


 雪原を転がるように走り、追うアシュリー。


 遠巻きに見ていたマルクスとケイトが同時に呟いた。


 「……もう狼じゃなくて犬だな」

 「なんか完全に犬ですね」



 その時――ごごご!と地面が揺れた。

 突風が吹き、屋台の布がばさばさと舞い上がる。


「えっ、地震!?」

「ちがう、上だ!」


 見上げると、巨大な黒い影。


 ヨルムガルドが降り立ったのだ。

 祭りの光を反射して青色の鱗が輝き、観客がどよめく。


 アシュリーが慌てて走り寄る。

「ヨルちゃん!屋台気を付けて――」


 だが竜はまるで“知らん”という顔で、鼻先でアシュリーの髪をつんつん、つついた。


 「……あなたもスープが飲みたいんですか?」

 「きゅう!」

 その返事に、アシュリーは苦笑い。


 そこへ、ハティルがずいぃ、と割り込んだ。

 鼻先をぐいぐい突き出してヨルムガルドを睨む。

 “アシュリーに触るな”と言っていふように。


 竜と狼が正面から向かい合う。

 周囲は固唾をのんで見守る。


 ――次の瞬間。


 「キュル……」

 「わふっ!」


 竜が鼻息をかけ、狼がそれを顔で受け止め――ぶるぶるぶるぶるっ!!毛が総立ち、ハティルがもっふもふに。


 子どもたちが大歓声を上げた。

 「わあああ!ハティルが大きくなったー!」

 「もふもふだー!!」


 歓声に気を取られたヨルムガルドは満足げに首をもたげ、まるで“俺のほうが人気者だ”と言いたげにポーズを取る。


 「……勝負を仕掛けたつもりが、盛り上げ役にされたみたいだね」

 マルクスが苦笑し、隣ではケイトがお腹を抱えて笑っていた。



 夜も更け、雪が静かに降りはじめる。


 焚き火の灯がちらちらと揺れ、アシュリーは暖炉の前に転がるハティルに毛布をかけた。


 「あなたがいるだけで、みんなが笑顔になります」

 「わふ……」

 ハティルはまんざらでもない顔をして、のしっとアシュリーの膝に鼻を乗せた。


 マルクスが隣に腰を下ろし、耳元で低く言う。

 「……ハティルに嫉妬してしまうよ?」

 「そんな…っ!」

 「……私の事も構ってくれるかい?」


 マルクスがアシュリーを包み込む。


 ハティルがアシュリーを見上げて「わふぅ…」と一声。


 ぽてぽてと歩いて行って、窓辺で背を向けて丸くなった。まるで、二人の熱さから逃げるように。


 ――辺境は今日も平和だ。


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