外伝3 辺境の銀狼ハティルのわんわん物語!
雪がしんしんと降っていた。
辺境の冬は厳しい――が、今日だけは違う。
城下の広場では、年に一度の「冬祭り」が開かれる。
人々は木々を飾り、暖炉の火を持ち寄り、子どもたちは雪の上を転げまわっている。
空には香辛料と焼き菓子の甘い香りが漂っていた。
◆
「……ハティ、お願い!」
「わふ!」
アシュリーの指示で、銀狼ハティルは器用に角材をくわえ、雪の上をずるずる引きずっていく。
彼は今、“灯の樹”の骨組みを運ぶ最重要任務を任されていたのだ。
「すごいです、力持ちですね!」
アシュリーがぱっと笑う。
その一言に、ハティルはふんふん鼻を鳴らした。
その誇らしげな姿を、近くで見ていたマルクスが少し苦笑する。
「……この城で一番褒められているの、もしかして彼じゃないか?」
イゴールがこっそり囁くと、ケイトが真面目な顔で頷いた。
「その通りですね」
――その直後。
「わふっ!?」
ハティルが引いていた木材が滑り、マルクスの足元にドン!とぶつかった。
「……うぐっ……!」
雪の上に座り込む辺境伯。
上からついでとばかりに雪が降ってきた。
兵士も子どもも、あっけにとられて静まり返る。
次の瞬間、アシュリーが真っ青になって駆け寄った。
「マルクス様!?ご、ごめんなさいっ!!ハティルは悪くありません!」
マルクスは顔を上げ、雪まみれの頭で苦笑した。
「……大丈夫だよ。……少し、痛かったけど」
そう言いながら立ち上がると、雪がぱさりと肩から落ちる。
ハティルは「やっちゃった」顔で耳をぺしょっと下げ、すり寄って大きな舌でぺろぺろとマルクスの頬を舐めた。
「わふぅ……」
「……大丈夫!君が反省してるのは分かったから!」
マルクスが押し倒された瞬間、周囲は爆笑に包まれた。
◆
祭りが始まるころ、広場は灯に照らされていた。
雪の白と炎の赤、アシュリーの金糸のドレスが光を反射して輝いている。
屋台では肉団子の入ったミルクスープ、果実酒の香りが漂う。
アシュリーはハティルを連れて出店を巡っていた。
「わぁ……このスープ、美味しい!」
「わふっ!(おかわり!)」
「ハティったら駄目です!あなたはもう三杯目でしょ!」
アシュリーが止めようとするが、ハティルは器をくわえて逃走。
雪原を転がるように走り、追うアシュリー。
遠巻きに見ていたマルクスとケイトが同時に呟いた。
「……もう狼じゃなくて犬だな」
「なんか完全に犬ですね」
◆
その時――ごごご!と地面が揺れた。
突風が吹き、屋台の布がばさばさと舞い上がる。
「えっ、地震!?」
「ちがう、上だ!」
見上げると、巨大な黒い影。
ヨルムガルドが降り立ったのだ。
祭りの光を反射して青色の鱗が輝き、観客がどよめく。
アシュリーが慌てて走り寄る。
「ヨルちゃん!屋台気を付けて――」
だが竜はまるで“知らん”という顔で、鼻先でアシュリーの髪をつんつん、つついた。
「……あなたもスープが飲みたいんですか?」
「きゅう!」
その返事に、アシュリーは苦笑い。
そこへ、ハティルがずいぃ、と割り込んだ。
鼻先をぐいぐい突き出してヨルムガルドを睨む。
“アシュリーに触るな”と言っていふように。
竜と狼が正面から向かい合う。
周囲は固唾をのんで見守る。
――次の瞬間。
「キュル……」
「わふっ!」
竜が鼻息をかけ、狼がそれを顔で受け止め――ぶるぶるぶるぶるっ!!毛が総立ち、ハティルがもっふもふに。
子どもたちが大歓声を上げた。
「わあああ!ハティルが大きくなったー!」
「もふもふだー!!」
歓声に気を取られたヨルムガルドは満足げに首をもたげ、まるで“俺のほうが人気者だ”と言いたげにポーズを取る。
「……勝負を仕掛けたつもりが、盛り上げ役にされたみたいだね」
マルクスが苦笑し、隣ではケイトがお腹を抱えて笑っていた。
◆
夜も更け、雪が静かに降りはじめる。
焚き火の灯がちらちらと揺れ、アシュリーは暖炉の前に転がるハティルに毛布をかけた。
「あなたがいるだけで、みんなが笑顔になります」
「わふ……」
ハティルはまんざらでもない顔をして、のしっとアシュリーの膝に鼻を乗せた。
マルクスが隣に腰を下ろし、耳元で低く言う。
「……ハティルに嫉妬してしまうよ?」
「そんな…っ!」
「……私の事も構ってくれるかい?」
マルクスがアシュリーを包み込む。
ハティルがアシュリーを見上げて「わふぅ…」と一声。
ぽてぽてと歩いて行って、窓辺で背を向けて丸くなった。まるで、二人の熱さから逃げるように。
――辺境は今日も平和だ。




