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外伝3 その元悪役令嬢は、溺愛される

 長い道のりを越え、馬車が白銀の大地を進む。

 空は薄く凍り、遠くの山々が光を反射している。


 マルクス・ヴァルトリア――北の辺境を統べる領主は、隣で静かに窓を見つめる妻の横顔に目をやった。


 「……寒くはない?」

 「ええ……懐かしい風です」


 アシュリーはそう言いながら、雪景色の向こうを見つめていた。


 彼女だけが、この場所に“帰ってきた”という感覚を覚えている。

 マルクスにとっては、これが彼女と共に過ごす最初の冬。


 「……この辺境が、君を迎えるのは二度目なのだね」

 「はい……ずっとここは私の“おうち”のように感じていました」


 マルクスは微笑み、指先で彼女の手を包んだ。

 「今日からは正式に――君の家だよ」


 馬車が城門の前で止まる。

 分厚い鉄扉がギギ、と音を立てて開く。


 「――辺境伯閣下ご帰還!奥方様に祝福を!」


 兵たちの声が雪原に響く。


 白い花〈スノーホワイト〉が空から撒かれ、光を受けて銀色に輝いた。


 アシュリーは思わず窓から身を乗り出し、笑顔で手を振る。


 兵士たちも、嬉しそうに返す。


 「……皆さん、変わらずあたたかいです」

 「この地の民は、厳しい冬を過ごすために“人の温かさ”を重んじるから」

 マルクスの声が優しく響く。


 ――前の時間では“愛されないはず”だった場所。


 今は“愛してくれる人々のいる場所”になっていた。



 城では、整列した侍女たちが一斉に膝を折った。


 「奥方様をお迎えでき、光栄に存じます」

 「どうぞ私どもにお任せくださいませ」


 アシュリーは微笑み、静かに頭を下げた。


 「ありがとう。これから、よろしくお願いしますね」


 マルクスが隣で頷く。


 アシュリーの胸がじんと熱くなった。

 

 今はもう……自信がなく震えていたあの時とは違う。マルクスの隣に堂々と立っているのだから。



 夕刻、マルクスの案内で中庭へ出る。

 雪の光が薄く差し込み、空気は凛として静まり返っていた。


 雪煙がふわりと舞った。

 低い鳴き声――懐かしい音。


 「……ハティ」


 銀狼が姿を現し、駆け寄ってくる。

 その毛並みは冬の月光のように輝いていた。


 アシュリーがしゃがむと、ハティルは鼻先を彼女の手に押し当て、「わふ!」と、短く鳴いた。

 「……覚えている、の?」


 隣に立つケイトが微笑む。

 「まるで、彼だけはずっと前から待っていたようですね」


 「ふふ。さすがはハティです!」


 風が鳴り、空がごうごうと揺れる。

 銀の影が翼を広げて降りてきた。


 「……ヨルちゃん!」


 マルクスが目を見張る。

 「……ヨルちゃんと呼んでいるのかい?」


 「……はい!」

 アシュリーは微笑み、涙をこぼした。


 ヨルムガルドは静かに鼻を鳴らし、彼女の前で頭を垂れる。再会を喜ぶように。


 マルクスはその光景を見つめ、低く呟いた。

 「……彼らは、君を覚えているね」


 アシュリーは微笑んだ。

 「会えて嬉しい…」


 マルクスも穏やかに微笑む。

 「君がこの辺境を愛してくれていたことが、本当によくわかる」


 ヨルムガルドとハティルがアシュリーの取り合いを始める。


 三人は顔を見合わせ、笑った。



 ハティルの背に揺られ、冬の大地を走る。

 風は冷たく頬を打つのに、胸の奥は不思議と温かかった。


 アシュリーはマルクスを振り返り、笑う。

 「……広い大地を、この速さで走るのは、ハティルとじゃなきゃできませんね!」


 後ろでマルクスが軽く彼女の腰を支えながら、静かに微笑んだ。


 「君の語っていた“幸せな記憶”は、こうして一緒に経験していこう」


 アシュリーの頬が赤くなる。

 「……ありがとうございます」


 「君の記憶の中の“もう一つの時”の私に負けないように」

 マルクスは風に声を乗せ、囁くように言った。


 「君を必ず幸せにする」


 胸が高鳴る。

 アシュリーはふと.少し照れくさそうに微笑んだ。

 「……わたし、前より少しは頼もしくなれたかな」


 「前より?」

 マルクスが笑う。

 「君は、いつも、どんな時よりも美しい。いつだって……進化し続けるから」


 その言葉に、アシュリーの胸がいっぱいになった。


 マルクスがそっと彼女の耳元に顔を寄せる。

 「……愛してるよ」


 「……はい」

 雪の中、ハティルの足音が響く。

 空でヨルムガルドが悠々と旋回していた。



 夕暮れ、辺境伯城の大広間は暖かな光に包まれていた。


 兵も侍女も家臣も笑顔が溢れている。


 中央に立つマルクスの隣で、アシュリーは少し緊張しながら立っていた。


 「――諸君、聞いてくれ」


 マルクスの声が高らかに響く。


 「私は――アシュリーを、妻として迎える。彼女は皆が知る通り、この地と私を愛し、それを証明してくれた人だ」


 彼の隣に立つアシュリーの瞳が潤む。

 「……マルクス様」


 マルクスは微笑み、ゆっくりと跪いた。

 「アシュリー。私は君を、自ら選んだ」


 マルクスが手を差し伸べる。

  「君はずっと一人で努力を続けて来た。私はほんや君の優しさに触れ、君の生き方に惹かれた。

  そして――これからは一人で頑張るのではなく、私の隣で支え合って生きて欲しい」


 アシュリーの喉が詰まり、胸が震えた。

 「……わたし……」

 涙が滲み、声が掠れる。

 それでも微笑み、彼の手を取った。


 「わたしも、マルクス様の隣にいたいです。

  どんな場所でも、どんな困難があっても、何度でも……あなたと出会いここで生きたいです」


 広間が静まり返った。


 次の瞬間、誰からともなく拍手が起こる。

 兵たちは拳を掲げ、侍女たちは目に涙を浮かべて笑った。

 ケイトは前と同じようにイゴールに抱き締められていた。


 マルクスが立ち上がり、アシュリーを強く抱きしめる。

 「……アシュリー。君を、愛しているよ」


 アシュリーはその胸に顔を埋め、笑った。

 「……私、頑張りました。そして、ようやくここに辿り着けたんです!」


 マルクスがそっと彼女の髪を撫でる。

 「君が報われるように、今度は私が努力をする番だ。必ず幸せにするから……安心して隣で笑っていてほしい」


 アシュリーは涙目で頷いた。


 外では雪が降っている。

 ハティルとヨルムガルドのじゃれあう声が平和に聞こえた。


 ――白銀の大地で、二人の物語に、また一つページが増えた日だった。


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