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甘いじゃがいもに負けない甘さと光る経理部長の目

 春の兆しがまだ冷たい風に紛れている。

 アシュリーは領内の畑にしゃがみ込み、土を掘り返していた。

 掌には王都から持ち込んだ小さな種芋。


「……この子たちなら、きっとこの地の寒さにも負けないはず」


 真剣な瞳。額に汗が滲んでいても、彼女の表情は生き生きとしていた。



 背後から低い声がかかった。

「……何をしているんだい?」


 振り向くと、マルクスがゆっくりと歩み寄ってくる。

 アシュリーは頬に土をつけたまま、慌てて立ち上がった。


「っ……あ、あの……!実は王都から、隣国のじゃがいもの種芋を持ってきたんです。

 寒さに強くて、甘みもあって……色も黄色くて、可愛くてとても美味しいんです。

 辺境でも育てられたら、きっと名物になるんじゃないかって……」


 しどろもどろに言いながら、小さな芋を差し出す。

 アシュリーは恥ずかしそうにふと視線を落とした。


「……その……マルクス様の領地のことを思っていたら……なぜか、こういう作物に詳しくなっていて……」


 言葉の終わりは消えるように小さくなった。

 頬がうっすら赤く染まっている。


 マルクスの灰銀の瞳が、静かに揺れた。


「……君は、本当に……」

 顎をそっと指先で持ち上げられ、視線が重なる。


「…どうしてそんなに、私を喜ばせてくれるんだ?」


「っ……ち、違っ……あの、そんなつもりじゃ……」

 あわあわと視線を逸らすアシュリー。


 マルクスは目を細め、低く囁いた。

「……愛おしさで婚姻式が待ちきれない」


 強く抱き寄せられ、温かさに包まれた瞬間、アシュリーの心臓は大きく跳ねた。

 胸の奥で、何かがほどけていった。



 その時。

 「アシュリー様!」と駆け寄る声に、二人は顔を向けた。


 ケイトが戻ってきていた。後ろには夫のイゴールの姿もある。


 ケイトは姿勢を正し、はっきりと報告した。

「王都で……聖女ルーチェ様と王太子レイス殿下が断罪されました」


アシュリーは大きく目を見開く。

「助けなきゃ」という言葉がでかかった瞬間ーーケイトが続けた。


「罪状は国庫の横領、そして勝手な婚約破棄。地位剥奪の上、二人は僻地に流刑に」


 次の瞬間、経理部長だった前世の感覚が鋭く甦る。珍しく剣呑にアシュリーは目を細め、低く呟いた。


「……横領するなんて……、それは決して許されないこと。流刑で済んで……むしろ、よかったくらいのことですね」


 小さく呟いたその姿は凛としていた。


 ケイトはおかしそうに微笑み、横のイゴールは静かに頷く。


 マルクスは彼女を見下ろし、再びその肩を抱き寄せた。

「君は真っ直ぐだね。私は誇らしいよ」


 アシュリーは言葉を失い、ただ彼の胸の温もりに頬を寄せた。


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