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終話 アシュリーの物語

 今夜の王都は、普段よりも浮き足立っていた。


 ――成人した貴族子女が社交界デビューを果たす日。


 この夜、アシュリー・ロズレインもまた、胸を高鳴らせていた。



 アシュリーは鏡の前で静かに息を整える。


 淡く光る銀のドレス。

 裾には透明なガラス細工が散りばめられ、髪には雪のような形の小さな白い花がいくつも飾られている。


 柔らかく微笑むその表情に、かつての臆病な少女の面影はなかった。


 背後で、ケイトが手際よく髪を整えながら微笑む。

「本当にお綺麗です。……もう、完璧な淑女ですね」


 アシュリーは頬を染めて笑う。

「ケイトのおかげです。私、一人だったら途中で挫けていました」


「泣きながら帳簿を燃やしたりしてましたしね」


「わ、忘れてください……!」


 ふたりの笑い声が重なった。



 彼女はずっと、努力を重ねてきた。

 魔法の修練、語学、外交術――そして何より“人と関わること”。


 ルーチェや両親とも、今は穏やかに笑い合い、公爵家の屋敷はいつも明るい。

 学園では友を得て、他人を助け、誰かと支え合うことを覚えた。


 遠いルーメニア聖国にも定期的に足を運び、宗教の分離政策を陰ながら助けながら、

 “信頼で世界を繋ぐこと”を学んだ。


 気づけば、周囲の人々もまた、彼女の努力に応えるように変わっていった。


 アシュリーは静かに微笑む。

(……この世界が大好きです。ここで、生きていきたい……)



 ケイトが小さく微笑む。

「今日こそ、その“運命の方”に会える日ですね」


「……はい。でも少し怖いです。努力しても努力しても、まだ足りない気がして」


 ケイトはリボンを結びながら、穏やかに言う。

「大丈夫ですよ」


「そう……?」


「ええ、“きっと大丈夫ですよ”。」


 アシュリーは息を吐き、そっと笑った。

「その言葉に、何度救われたか分かりません」



 扉が開く。


 黄金の光が差し込み、会場にざわめきが広がった。


 アシュリーが歩み出る。

 銀のドレスの裾が揺れ、視線のすべてが彼女に注がれる。


 そして、ルーチェは王太子レイスの隣に立っていた。


 アシュリーを見つけると、柔らかに笑う。

 “お姉さま、見ていてね”――そんな言葉が、表情から伝わった。


 その傍らには、見覚えのある人たち。


 ゲルトがワイングラスを手にし、キリアンと穏やかに語り合っていた。

「こうして穏やかに笑い合えることが……嬉しいですね」


 ゲルトが微笑み、キリアンが頷く。

「ええ。人は変われます。貴方の祈りも、無駄ではありませんでした」


 アシュリーは胸の奥で小さく呟いた。

(……みんな、前を向いている)



 後ろで足音が響く。


 会場が静まり返る。

 アシュリーが振り返った。


 銀灰の髪。辺境ヴァルトリアの礼装。

 真紅の外套には、王族の紋章が刺繍されている。


 灰銀の瞳が、まっすぐに彼女を捉えていた。


 ――待ち焦がれていた、愛する人。


 アシュリーの胸が強く脈打った。

 音楽が遠のき、世界が彼だけを映す。


 彼が一歩、また一歩と進むたび、

 会場の光が増していくようだった。



 マルクスはアシュリーの前で立ち止まり、静かに微笑んだ。


「……君はずっと、努力をやめなかったね」


 アシュリーの瞳に涙が滲む。

「ええ。あなたにもう一度会うために、努力し続けました」


 マルクスは跪き、そっと手を差し出した。

「どうか、私と結婚してほしい――私の、愛しい花嫁」


 アシュリーは花が咲くように微笑んだ。

「はい。はい……っ!」


 マルクスは微笑み、言葉を重ねる。

「……君を愛したい。どんな時も……何があっても……時を越えても」


 アシュリーは彼の手を取った。

「……お話ししたいことが、たくさん、たくさんあるんです」


 マルクスがそっと抱き寄せた。

 音楽と光が二人を包む。


 アシュリーはマルクスの胸に寄り添いながら囁く。

「……これからもずっと、努力します。あなたの隣で生きていけるように」


 マルクスが微笑む。

「一緒に、ね」


 ――努力は、報われない時もある。

 けれども、前を向いて諦めないで、生きていきたい。


 物語の主人公は、いつだって自分なのだから。

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