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ヒロインとヒーローは、再び。

 春の陽射しが差し込み、王宮の庭園は若草色に揺れていた。


 白い花が風に舞い、遠くで小鳥が鳴く。


 ――暖かい。


 風の匂いも、光の色も。

 アシュリーは、ゆっくりと目を開けた。


 手を見ると、小さく華奢な少女のものになっている。


 胸の鼓動が速くなった。


 (……戻ってきた)


 すべてを失ったあの瞬間から、もう一度やり直すために。


 あの“時返り”の光が、確かに彼女を過去へ導いたのだ。


 だがこれは、同じ世界ではない。

 既に少しずつ“違う未来”へ進み始めた世界。


 ――アシュリーが歩み出した、新しい時。



 庭園では、春の茶会が開かれていた。


 白いテントの下、若い令嬢たちが楽しげに談笑している。

 花の香りが満ち、笑い声が溶けていく。


 子供たちの輪の中に、妹のルーチェの姿があった。


 ピンクのふわふわしたドレスをひらめかせ、明るく笑っている。


「お姉さま!早くー!」

 ルーチェが手を振る。


 アシュリーは、はっとした。


 この声、この光景。

 あの日と違う――“ルーチェ”がいる。


 輪に駆け寄ると、ルーチェが得意げに胸を張った。

「私ね、お姉さまの言う通りにしてるの!

“みんなと仲良くすること”、でしょ?」


「ルーチェ……」

「えへへ。だって私、“ヒロイン”だもん!」


 その言葉に、アシュリーは目を見開いた。


 ――もう、“原作”に縛られた彼女ではない。


 ルーチェは、自ら選び、笑っていた。


「そうね。あなたは、きっと誰かを幸せにできるヒロインよ」


 アシュリーが微笑むと、ルーチェは嬉しそうに頷いた。


「でも、まずはお姉さまと仲良くするの!

 もう“ひとりぼっち”は嫌だから!」


 その言葉に、アシュリーの胸が熱くなった。


 前世で、あの世界で、叶えられなかった“家族”の形が、今ここにある。



 風が吹き抜け、花弁が舞う。


 その光の中で――アシュリーは、少し先の木陰にひとりの青年の姿を見た。


 落ち着いた立ち姿。

 風に揺れる外套の裾に、見慣れた紋章が光っている。


 ヴァルトリア――北の辺境。


 アシュリーの呼吸が止まる。


 (……マルクス様)


 足が勝手に動いていた。

 手のひらが汗ばむ。

 喉が詰まる。


 近づくと、青年がゆっくりと振り返った。

 灰銀色の瞳が春の光を映し、やわらかく細められる。


「……公爵家の子、かな?」

 さっきまで隣にあったはずなのに、どこか懐かしい声が胸に響いた。


 アシュリーは裾をつまみ、お辞儀した。

「はい。アシュリー・ロズレインです」


 マルクスは頷き、微かに笑った。


「丁寧な挨拶をありがとう。

 マルクス・ヴァルトリア辺境伯です。

 春の庭というものは、あたたかくていいね」


 その一言で、アシュリーの瞳に涙が滲んだ。


 ――あの日、誓った言葉がよみがえる。


 “君は私がいなくても前を向ける”

 “努力したら、また出会ってくれますか?”


 アシュリーはそっと口を開いた。


「……マルクス様。

 いつか、いつか……私が貴方の隣に立てるようになったら、お嫁さんにしてください」


 マルクスは驚いたように目を見開き、すぐに穏やかに笑った。


「……ずいぶん年の離れた夫婦になるね」


 アシュリーは涙をこらえ、笑った。

 春風が二人の間を通り抜け、クローバーが一斉に揺れた。


「私、たくさん努力します。

 もっと、強く優しくなります。

 だから……だから、その日まで、どうか待っていてください」


 マルクスは頷き、目を細めた。

「努力する人は、きっと報われるよ。

 きっとまた――会える気がする」



 遠くでルーチェが呼んでいる。

「お姉さまー! こっちこっち!」


 アシュリーは振り返り、笑った。

「はい、今行きます!」


 マルクスにもう一度微笑む。


 スカートの裾を持ち上げ、アシュリーは小走りに花の中を駆けていく。


 春の風が吹き抜けた。

 空には、薄らと星がひとつ浮かんでいる。


 それは、時を越えて輝いていた。


 アシュリーはその光を見上げ、そっと胸の前で手を合わせた。


「私は絶対に諦めません!」


 風が優しく頬を撫でた。

 想いはすべて、春の光に淡く運ばれてゆく。


 ――そして、物語は始まった。


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