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元悪役令嬢の最後の誓い

 空は赤く燃え、光の柱が天を貫いている。

 風が焼けつくように吹き荒れ、砂塵の向こうで聖女の彫像が倒れた。


 アシュリーはその中で、膝をついていた。

 腕の中に、マルクスがいる。


「……いや……いやです、マルクス様……!」


 アシュリーの唇が震えた。

「どうして……」


 彼女の瞳から、涙が落ちる。

 血と砂が混じり、掌を濡らした。



「……泣かないで」

 マルクスの声がかすかに届く。

 灰銀の瞳が、穏やかに笑っていた。


「……貴方がいない、世界なんて……っ!」


 アシュリーの声が震え、肩が強張る。

 マルクスはゆっくりと手を伸ばし、彼女の髪に触れた。


「君は、いつでも……前を向ける……」


 その指は血に濡れながらも、温かかった。


「……君は……私がいなくても……きっと諦めない……」


 遠くで、ルーチェが座り込んでいた。

 ぼんやりと焦点の合わない瞳で、アシュリーとマルクスを見ている。


 足元には、ゲルトが息絶えていた。


「……私の……せい……?」

 ルーチェは震える唇で呟いた。


「こんなつもりじゃなかったの……幸せに、なりたかっただけなの……」


 彼女はずっと、ゲルトに治癒を施していた。


 アシュリーは泣きながら、ルーチェに言う。

「それ以上は……ルーチェ……もう、休んで……」


 ルーチェはその場で泣き崩れた。

「どうして……何を間違えたの……」


 その悲痛な声は、誰の耳にも届かなかった。



 アシュリーは震える指で、マルクスの頬を撫でた。

「……行かないで……」


 彼の呼吸は浅く、唇がわずかに動く。

「……アシュリー、私の隣は、君だけだ」


 アシュリーは泣きながら、彼を抱きしめた。

「……だったら……だったら、もっと一緒に、生きてください!

 私……また努力します。たくさん努力します。約束したから、おうちに帰らないとだめです。だから――だから……」


 マルクスが微笑む。

 アシュリーは泣きながら笑い返した。


 そして、唇を重ねた。

 血と涙が混ざり合う。


 絶望するアシュリーの胸の奥に浮かんだのは、あの夜の星。


 キリアンの言葉――

 『星は、いつの時代も変わらない』


「……時が違っても、繋がってる……?」

 彼女の瞳が光を取り戻した。


「……時を、戻せば……!」


 次の瞬間――星が降り始めた。


 天から、銀の光が糸のように降り注ぐ。


 アシュリーの身体が淡く輝く。

 彼女の中に流れる“星と時”の記憶が目覚めた。


「……この世界を、もう一度……」


 アシュリーの掌から光が溢れる。


 崩れた石が空へと浮かび、裂けた空がゆっくりと閉じていく。


 時間が逆に流れてゆく。

 風が戻り、血が光に還る。


 マルクスの身体を抱いたまま、アシュリーは祈る。


「……星よ、どうか、時を返して。

 この世界がもう一度笑えるように――」


 彼の頬に口づけを落とす。

「……また、努力しますから……また、出会ってください、ね……」


 彼女の身体が霞んでいく。



 世界が白に染まる。

 黒い光が反転する。


 最後に聞こえたのは、穏やかな声だった。

「……アシュリー。私の、大切な花嫁……」


 アシュリーの頬に風が触れる。

 その風は、マルクスの手のように優しかった。


 そして、世界は暗転した。


 ――物語は、“はじまり”へと還る。


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