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絶体絶命の、ヒロイン

 天が割れる。


 白砂の聖廟を貫き、紅の閃光が走る。

 空の裂け目から、“何か”を呼び込もうとしていた。


 その音は雷ではない――異界の機械音だった。


 祭壇の中央では、ルーチェが震える指で杖を握りしめている。

 その傍らで、ゲルトが血を吐いて倒れていた。



「ルーチェ、こっちに来て!」

 アシュリーの声は、吹き荒れる光の奔流に掻き消された。


 ルーチェはかすかに顔を上げる。頬を涙が伝う。


 ゲルトが、血に濡れた手でルーチェに向けて指を伸ばす。


 ルーチェが震える声で呼ぶ。

「ゲルト……」


 ゲルトの身体がゆっくりと崩れた。

 血に濡れた手が力なく落ち、唇がわずかに笑みを刻む。


「やだ……やだぁっ……!」


 ルーチェの悲鳴が、白砂に吸い込まれていく。



「アシュリー、離れるんだ!」

 マルクスが叫ぶ。


 聖廟は完全に崩壊が始まっていた。


 天蓋の彫像が砕け、壁が波のように押し寄せる。


 ケイトが結界を張り、イゴールが剣で瓦礫を払う。

 キリアンが詠唱を試みるが、もはや無意味なようだった。


「門がもう開く! 止められません!」


 轟音が響き、床が割れる。


 瞬間、ケイトがアシュリーの手を掴もうとした。


「アシュリー様!」

 しかし、瓦礫が二人の間を断ち切った。


 イゴールがケイトを抱き寄せ、キリアンが咄嗟に防御結界を展開する。


 彼らの姿が、砂煙の向こうに押し流されていく。


「ケイト! イゴール! キリアン!」

 アシュリーの叫びが響く。だが、もう届かない。


 残されたのは、アシュリーとマルクス、そしてルーチェだけだった。



「ルーチェ、逃げましょう! もう誰もあなたを責めてない!」

 アシュリーが手を伸ばすが、ルーチェは必死にゲルトを癒していた。


 ――遂に、天井が落ちた。


「――っ!」

 アシュリーの上に大量の瓦礫が落ちてくる。


 マルクスが彼女を強く抱き寄せた。


「マルクス様!」


 血の匂いが広がる。


「……逃げなさい!」

 マルクスは震える手で、アシュリーの頬を拭った。


「……君を守れたことは、私の誇りだ」


 アシュリーは涙をこぼし、首を振る。

「いや……一緒に、生きるんです!」


「……後から、追いかけるよ」

 微笑むマルクスの声が、あまりにも優しかった。



 崩壊の音は止まらない。


 外の空は裂け、光が渦を巻いている。

 白砂と火の粉が舞い、すべてが崩れていく。


 アシュリーは拳を握り、俯いた。

「……どうしよう……っ」


 アシュリーはマルクスを抱きしめ、祈るように囁いた。

「……あなたを失うくらいなら、私は――」


 白砂の聖廟は、崩れ落ちた。

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