絶体絶命の、ヒロイン
天が割れる。
白砂の聖廟を貫き、紅の閃光が走る。
空の裂け目から、“何か”を呼び込もうとしていた。
その音は雷ではない――異界の機械音だった。
祭壇の中央では、ルーチェが震える指で杖を握りしめている。
その傍らで、ゲルトが血を吐いて倒れていた。
◆
「ルーチェ、こっちに来て!」
アシュリーの声は、吹き荒れる光の奔流に掻き消された。
ルーチェはかすかに顔を上げる。頬を涙が伝う。
ゲルトが、血に濡れた手でルーチェに向けて指を伸ばす。
ルーチェが震える声で呼ぶ。
「ゲルト……」
ゲルトの身体がゆっくりと崩れた。
血に濡れた手が力なく落ち、唇がわずかに笑みを刻む。
「やだ……やだぁっ……!」
ルーチェの悲鳴が、白砂に吸い込まれていく。
◆
「アシュリー、離れるんだ!」
マルクスが叫ぶ。
聖廟は完全に崩壊が始まっていた。
天蓋の彫像が砕け、壁が波のように押し寄せる。
ケイトが結界を張り、イゴールが剣で瓦礫を払う。
キリアンが詠唱を試みるが、もはや無意味なようだった。
「門がもう開く! 止められません!」
轟音が響き、床が割れる。
瞬間、ケイトがアシュリーの手を掴もうとした。
「アシュリー様!」
しかし、瓦礫が二人の間を断ち切った。
イゴールがケイトを抱き寄せ、キリアンが咄嗟に防御結界を展開する。
彼らの姿が、砂煙の向こうに押し流されていく。
「ケイト! イゴール! キリアン!」
アシュリーの叫びが響く。だが、もう届かない。
残されたのは、アシュリーとマルクス、そしてルーチェだけだった。
◆
「ルーチェ、逃げましょう! もう誰もあなたを責めてない!」
アシュリーが手を伸ばすが、ルーチェは必死にゲルトを癒していた。
――遂に、天井が落ちた。
「――っ!」
アシュリーの上に大量の瓦礫が落ちてくる。
マルクスが彼女を強く抱き寄せた。
「マルクス様!」
血の匂いが広がる。
「……逃げなさい!」
マルクスは震える手で、アシュリーの頬を拭った。
「……君を守れたことは、私の誇りだ」
アシュリーは涙をこぼし、首を振る。
「いや……一緒に、生きるんです!」
「……後から、追いかけるよ」
微笑むマルクスの声が、あまりにも優しかった。
◆
崩壊の音は止まらない。
外の空は裂け、光が渦を巻いている。
白砂と火の粉が舞い、すべてが崩れていく。
アシュリーは拳を握り、俯いた。
「……どうしよう……っ」
アシュリーはマルクスを抱きしめ、祈るように囁いた。
「……あなたを失うくらいなら、私は――」
白砂の聖廟は、崩れ落ちた。




