ヒロインと悪役令嬢の戦い
――白砂の聖廟は、光と風が交錯していた。
祭壇を覆う魔法陣が、ルーチェの血を吸い上げて脈動している。
その中央で、彼女は杖を握りしめていた。
アシュリーは息を詰める。
「……ルーチェ。もうやめましょう!これ以上は――」
「やめない!」
ルーチェは幼子のように泣き叫ぶ。
「お姉様はいつも“正しいこと”を言う。でも私は違う!わからないことばっかりなの!」
その瞳には、焦がれるような渇きと苦しみ。
「前世の私はずっと報われなかった!
だから、今度こそ“幸せ”になりたいの。
私は選ばれる側になるの!」
その瞬間、アシュリーの胸の奥が痛んだ。
自分も、ずっとそう思っていた。
努力しても誰も見てくれない――その孤独を。
「……ルーチェ。私も、その寂しさはきっと知ってる」
アシュリーはそっと言った。
「でも、この世界は誰かのゲームじゃない。
あなたも、みんなも、ここでちゃんと“生きてる”のよ」
ルーチェの指先が震える。
「……じゃあ、どうすればいいの?
ヒロインじゃない私は誰が愛してくれるの?」
「あなたは、ヒロインである前に私の妹“ルーチェ”だから……!」
一瞬、ルーチェの目が揺れた。
だが、その迷いはすぐにかき消される。
「そんなの、知らない……!」
杖の先が大きく光った。
聖女の魔力が暴発し、周囲に黒い閃光が幾つも放たれる。
「……アシュリー、下がって!」
マルクスが剣を構え、アシュリーの前に立つ。
ケイトが結界を張り、イゴールがゲルトを封じにかかる。
しかし、ゲルトの詠唱がそれを上回った。
「神の雷よ、彼の地を照らせ――!」
祭壇の奥で、空気が爆ぜる。
キリアンが叫んだ。
「ダメだ!術式が本格稼働する!」
アシュリーが無詠唱で防御魔法を展開する。
白い光と黒い光がぶつかり、轟音が聖廟を震わせた。
「ルーチェ、それは……癒しの力なのに!」
アシュリーはかき消されないよう叫ぶ。
「攻撃に使えば、あなたの身体も持たない!」
「……そんなこと、どうでもいい!」
ルーチェは強く、強く杖を握る。
「私は、私の役割を果たすの!」
光がさらに強くなる。
彼女の杖の先に集まった光は、もはや制御を失っていた。
「……あっ……止まらない……!?」
ルーチェの声が震える。
聖女の力が軋む。
アシュリーが駆け出す。
「ルーチェッ!」
黒い光がぱんっと爆ぜた。
天井のアルバの紋章に大きなひびが走る。
その瞬間――
ゲルトが、アシュリーとルーチェの間に飛び込んだ。
「っ、ゲルト!?」
眩い黒い光が彼を包む。
マルクスが叫ぶ。
「全員、下がれっ!」
ケイトとイゴールがアシュリーを引き戻す。
爆風が聖廟を満たした。
風が収まると、ゲルトはルーチェを抱き締め、膝をついていた。
その背には、焼け焦げたような痕。
「どうして……どうして庇うの……?」
ルーチェが震える声で問う。
ゲルトは倒れ込みながら囁いた。
「……君は、誰よりも無垢だから……」
優しい声が、どこか祈りのように響いた。
「君は……きっと、聖女になれなくても、愛される……」
次の瞬間、祭壇の奥で鈍い振動が起こる。
床の魔法陣が真っ赤に染まり、聖廟全体が大きく震え出す。
キリアンが顔を上げた。
「……Code of Edenが……もう反応を始めています!」
ルーチェは震える手でゲルトを抱き締め、必死に治癒の力を使いながら涙をこぼした。
「わ、……私は、間違って……」
アシュリーは手を伸ばす。
「ルーチェ……!」
けれど、その声は轟く光の中に呑み込まれた。
赤い閃光が天井を貫く。
聖廟が震えて軋んだ。
――そして、すべてが光に包まれた。




