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ヒーローはいつだってヒロインを守る

 白い砂が世界のすべてを覆い尽くし、視界の端まで続いている。

 

 アシュリーたちは、砂嵐の合間を縫うように進んでいた。

 

「……ここが、アルバです」

 キリアンが指で示す。


 砂に埋もれた石の塔、教会…崩れ落ちたさまざまな残骸に砂が降り積もっている。


 ケイトが目を細める。

「街、というより……遺跡ね」

「かつては栄えたはずです。交易も、芸術も、そして信仰も」


 アシュリーはふと、指先で床の砂を払った。


 幾何学模様と文字。淡い光を帯びて、まるで生きているように脈打っていた。


「……動いて、いる?」

 ケイトが息を呑む。


「魔術陣の残滓ですね。誰かが、ここで――」

 キリアンが言いかけたその時、ヨルムガルドが大きく鳴いた。


 頭上の雲が裂け、砂嵐が収まる。

 目の前に、白砂に沈んだ街が姿を現した。


 丸屋根の建物が並び、柱に聖女の彫像。

 広場の中央には、祈る人々を象った石像群が残っている。


 そのすべてが白砂に埋もれ、まるでそのまた時を止めたようだった。



「……人の気配はありませんね」

 ケイトが慎重に辺りを見回す。


「当たり前だろ。千年前に滅びた国だぞ」

 イゴールが肩をすくめる。


 だが、なぜかどこかで誰かが祈っているような声がする。


 アシュリーが耳を澄ませる。

「……風の音、ですよね?」

 マルクスが首を振った。

「……風にしては、あまりにも規則的な気がするね」


 その時、ハティルが前脚で地面を掘り始めた。

 低く唸り、砂をかき分ける。


 すると、古びた石段が顔を出した。


「……地下に通じてる?」

「調べてみよう。気を付けて」

 マルクスがアシュリーの手を引いた。


 その瞬間、上空で砂がぱらぱらと降った。


「……っ!危ない、下がれ!」


 崩れかけた塔の破片がアシュリーの頭上に迫る。


 マルクスが瞬時に腕を伸ばし、アシュリーを抱き寄せた。


 砂煙が上がり、音が止む。


「怪我はない?」

「……はい。でも、マルクス様が……」

「平気だよ。君が無事でよかった」


 砂まみれになったマルクスが微笑んだ。


「ふぅ……閣下、ヒロインを守るシーンがいつも完璧ですね」

 ケイトが小声で呟く。


 イゴールがため息をつく。

「お前、それを茶化す度胸がすごいな」


 アシュリーは、頬を染めながらマルクスの手をぎゅっと握った。

 


 崩落を抜けた先には、ひんやりとした静寂が広がっていた。

 砂の下から現れた通路が地下へと続いている。


 壁には浮き彫りのような文字が刻まれていた。


 アシュリーが指先でなぞると、淡く青白い光が灯った。


「……古代アルバ語。まだ読めますね」

 キリアンの声が静かに響く。

 膝をつき、砂を払いながら碑文を読み上げていった。


『天より来たる者 知をもたらす

 その記憶、我らを照らす

 病は癒え、飢えは満たされ、人は神を見た』


「……“天より来たる者”って……?」

「転生者……聖女のことですね」

 アシュリーが小さく呟いた。


 キリアンが続きを指でなぞる。

『されど、知はまた災いを呼ぶ

 記憶は人を狂わせ、やがて神の怒りが落ちた』


 読み終えた瞬間、静寂が落ちる。

 アシュリーが震わせながら言った。

「……つまり、聖女の…異世界の記憶?」

 キリアンが頷く。

「人の都合で“異世界”を神と呼び、聖女を崇めたのです」


 彼の声には僅かな痛みがあった。

「……彼らは“異世界”にすがって…転移者の知恵に、異世界からの転送に頼りきりになった。そして、それによって滅びたんだ」


 ――まるで、奇跡を灯にして自ら炎に飛び込む蛾のように。


 アシュリーはその言葉に沈黙した。

 自分もまた、“転生者”という運命の上で生きている。


「……マルクス様」

「うん?」

「私が“前世の記憶”を持つせいで、また同じことが起きたらと、時々思うんです」


 マルクスは静かに首を振った。

「君が誰かを救おうとする限り…それは決して同じではないはずだ。

 ――君の力は優しさだよ」


 優しい灰銀の瞳が、まっすぐにアシュリーを見ていた。



 通路は永遠に続くように長かった。


 砂がしっとりと壁に張り付き、灯した魔光石の光を吸い込んでいく。

 足音と、ハティルの爪が床を引っかく音だけが響いた。


 やがて通路が開け、天井の高いホールへと出る。


 円形の空間。中央には黒曜石の台座。

 その上に、古い歯車や金属片のようなものが散らばっていた。


「……これ、なに?」

 ケイトが顔をしかめる。

「この世界では見たことのない素材です。鉄でも、魔鉱でもない」

 キリアンが慎重に手を伸ばす。


 だが、その瞬間――

 床の紋様が淡く光り、空気がざわめいた。


「下がって!」

 マルクスがとっさにアシュリーを抱き寄せ、背中で光を受ける。


 風が渦を巻く。

 次の瞬間、幻のような映像が壁に投影された。


 女が血を魔法陣にかける。

 光が溢れ――この世界にとっての異世界、アシュリーにとっての前世のものが現れる。


 それは二つの輪を持つ奇妙な鉄の乗り物――聖女は“神の移動具”と呼び、奇跡の象徴とした。


「……これ…転送の記録映像?」

 アシュリーが息を呑む。


 女の声が響く。

『聖女よ、神の門を開け。知を継ぐ者として、この世界に祝福を――』


 音が途切れ、光が消えた。

 しん、とした沈黙が戻る。


「……“神の門”でアルバは異界のものを喚んでいたのか」

 キリアンの声には苦さが滲んでいた。


 アシュリーは台座の横に刻まれた文字を見つける。

『Code of Eden――異界の血に紐付けられた記憶による門。神は記憶の中から生み出される』


「……血と記憶……」

 アシュリーが呟く。

「……ルーチェが今、使おうとしているものです」


 マルクスが短く息を吐く。

「つまり、彼女はアルバの“神の門”を再現しようとしている……」



 その時――

 ハティルが低く唸り、床に鼻を押し付けた。

 ぴくりと耳を立て、後ろ脚で砂を掘り始める。


「……また何か見つけた?」

 ケイトが覗き込むと、砂の下から金属の格子が現れた。


 イゴールが剣の柄で叩くと、乾いた音が響く。

「空洞だな。下に――」

 言いかけた瞬間、床が崩れた。


「きゃぁっ!?」

 ケイトが悲鳴を上げる。

 ハティルが素早く口でケイトの袖を咥え、落下を防ぐ。


 ヨルムガルドが咆哮し、翼を広げて風を巻き上げ、落石を吹き飛ばした。


 砂煙が晴れる。

 そこには、地下へ続く巨大な縦穴が口を開けていた。


「……進路が、できたようだね」

 マルクスが剣を納め、アシュリーの肩に手を置く。

「怖いかい?」


「……少しだけ。でも、マルクス様がいますから」

「心配ないよ。絶対に君を離さないから」


 アシュリーが微笑むと、マルクスも穏やかに笑い返した。



 全員がロープで降下を始める。


 壁には古い彫刻――祈る人々、星を掲げる女神、そして崩れた塔。


 下へ降りるほど、空気が冷たくなっていく。

 キリアンが静かに呟いた。

「……ここは、アルバ・サンクタ――白砂の聖廟の外郭ですね」


 アシュリーが掌の魔光を強める。


 暗闇の奥に、金属の扉が浮かび上がっている。

 扉の中心には光る紋章――“聖女の印”。


 かすかな魔力の流れ。

 まるで“誰かが目を覚ますのを待っている”ように。


「……この扉の向こうに、聖廟が」

 イゴールが剣を構え直した。


 ハティルが低く唸り、ヨルムガルドが翼を広げる。


 その瞬間――壁の紋様が光り、ひんやりと冷たい風が吹き抜けた。


「……歓迎、ではなさそうだね」

 マルクスが呟く。


 アシュリーの瞳に決意の光が宿る。

「それでも、進みます。彼女を――ルーチェを止めるために」


 冷たい金属が、ゆっくりと開いていく。

 白い光が差し込み、一行はその奥へと歩を進めた。


 ――白砂の廃都の心臓部へ。

 そして、聖女の遺した“罪の記録”へ。

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