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元悪役令嬢と冷酷辺境伯は愛を知っているから

 夜の帳が砂漠を覆ってく。

 昼の熱から心地よい冷たさに変わる。


 白い砂の海の上に、無数の星々の光の帯が広がっていった。


 アシュリーたちはオアシスのほとりに野営を張った。


 小さな焚き火の火がぱちぱちと音を立て、橙の光が砂に揺れている。



 アシュリーの膝の上には銀狼ハティルの頭が乗せられている。


 くぅくぅと寝息を立てているが、時々寝返りをうってはアシュリーのスカートをめくってしまう。


「……ハティ、ちょっと重たいですよ?」

 そう言いつつも、アシュリーは穏やかにその毛を撫でた。

 柔らかい銀毛が指の間をすべり、大きな温もりが手に残る。


 そこへ、低い影が落ちた。


 上空を旋回していたヨルムガルドが、どさっと地に降りたのだ。


 巨大な翼が砂を巻き上げてしっかりハティルにかかる。


 ハティルは「わふぅっ!?」と寝ぼけながら飛び起きた。


「もう、ヨルちゃん!寝ている子を起こしてはいけませんよ」

 アシュリーが少し眉を寄せて言うと、竜はまるで「え?」と言わんばかりに首を傾げる。


 そのあと、頭を下げてハティルの隣にごろん、と寝転んだ。

 ハティルは一瞬警戒したが、すぐにあくびをし、とてとて歩いて行って寄り添い、尻尾を絡ませた。


 竜と狼が寄り添って眠る光景は、まるで絵本の一場面のようだった。


 その場にいた皆が思わず微笑んだ。



 焚き火のそばでは、ケイトが大鍋で料理を作っている。スパイスと肉の香り良い香りが漂う。


「出来ました!旅でも、ちゃんと温かい食事を取ることは大切です」


 器を受け取ったイゴールが早速頬張り、嬉しそうに笑う。

「うまい。……本当に、君の料理だけは王都でも恋しかった」

「“だけ”って何ですか。“も”をつけてください」

「はいはい、“も”だよ」

 ケイトは真顔でイゴールの肩を小突いた。


 そのやり取りを見て、マルクスとアシュリーも目を合わせ、笑い合う。


 キリアンは少し離れた場所で、空を見上げていた。彼の白い衣が星の光を受けて淡く光っている。


「……星は、いつの時代もほとんど変わらない」

 皆がキリアンを見つめる。


「この空を、かつてアルバの人々も、そして他の聖女たちも見上げたのだと思うと――不思議です」


 アシュリーはその言葉にそっと頷いた。

「……変わらないものがあるのは、少し安心しますね」

「ええ。変わること、変わらないこと…どちらにも希望がきっとあります…」

 キリアンの言葉に、夜の風が答えるように吹き抜けた。



 やがて夜は更け、風が静まり、焚き火が赤い光を細く残す。

 眠りについた仲間たちの寝息が穏やかに聞こえる。


 空に流星がひとすじ、音もなく落ちていった。


 アシュリーはそんな夜空を見上げていた。


(……この星たちは、何百年も前からこの世界を見てきたんですね)


 いつか自分も、誰かの記憶のひとつになる――そんな予感がした。


 


 東の空が青く、夜が終わり始めている。


 朝の光は静かに砂丘を照らしていった。

 砂粒一つひとつが、金の粉をまぶしたように光を返す。


 アシュリーが天幕から出ると、マルクスが既に準備をしていた。


 マルクスが声をかける。

「起こしてしまったかな?」

「……いえ!ちょうど目が覚めたところです」

 アシュリーは白い外套を羽織った。


「…折角だから、少し歩かないか。君に見せたい光景がある」

 マルクスに導かれ、砂丘の上まで登る。

 遠くでハティルの寝息と、ヨルムガルドが翼を広げる音がした。


 まだ少し冷たい風が頬を撫でる。


 さらさらの白い砂を手を繋ぎながら登り切り、砂丘の頂上についた。


 そのとき――太陽が昇る。


 地平線から、黄金の光が溢れ、砂が一斉に煌めいてゆく。


「……きれい……!」

 アシュリーが息を呑む。


 マルクスはその横顔を見つめ、微笑んだ。

「ここは私のお気に入りでね。君と共有できて嬉しいよ」


「……マルクス様は、ここに来られたことが?」


 マルクスは俯いた。瞳が翳る。

「ああ。先の戦の頃に」


 アシュリーがマルクスの冷たい手をぎゅっと強く握った。マルクスは微笑んで続ける。


「この砂を踏んだとき、すべてが焼けていた。人も家も営みも――けれど、太陽や風や星だけはそこにあった」

 

 マルクスは潤んだ瞳でアシュリーを見つめた。

「あの頃は泥と血に濡れながら、星や太陽を待っていた。…この光景を、君と見られるなんて、夢のようだ」


 アシュリーの胸が熱くなった。

「……私、絶対に今日を忘れません」


「私も……どんな未来が来ても、この朝を思い出したい」

 

 愛を知らずに戦っていた彼は、今はもう愛を知っている。


 孤独な過去は遥か彼方に過ぎ去った。

 二人の間を白い風が通り抜けていく。


 ハティルが二人の元へと駆けてくる。

 上空ではそれを見まもるのように、ヨルムガルドが翼を広げ舞っていた。


 夜が明け、砂の国では新しい一日が始まった。


 そして、アシュリーの胸に―― “星はいつも私たちを見守ってくれている”という言葉が刻まれていた。


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