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異国でどきどき!?夫婦だからこそ、ときめいちゃいます

 陽射しが強くなり、白砂が金色に輝き始めた。


 遠くに見えるのは、砂漠に浮かぶ蜃気楼のような町――カルナ。


 高い石壁の向こうには、香辛料と異国の布の香りが渦を巻く。


 赤、金、青、緑……目が眩むほどの色彩。

 南方諸国との交易で栄えたこの町は、まるで砂上に咲いた花だった。



「わぁ……すごいです、マルクス様!」

 アシュリーはその光景に思わず目を丸くした。


 運河のほとりでは、裸足の子どもたちが水遊びをし、果実を売る商人が威勢のいい声を上げている。


 強い香辛料の香りが風に乗って流れ、鼻をくすぐった。


「この匂い、懐かしいよ。戦の頃、ここで休んだことがあった…」

 マルクスが目を細めて呟く。

 その横顔を見つめ、アシュリーは小さく微笑んだ。

「……今は平和ですね」

「……そうだね」


 ケイトが腕を組み、不敵に笑った。

「では早速ですが、食料と水、それから予備の医薬を補給しましょう!」


 マルクスがおかしそうに笑う。

「交渉は任せたよ、ケイト」


「はい!値切り交渉と市場調査は得意ですので」

 きらりと光る瞳に、イゴールが苦笑する。

「また商人を泣かせないように頼むよ」


「泣かせるのではなく、納得させるんです!」

「それが怖いんだよなぁ……」


 そんな夫婦のやり取りに、ハティルが「わふ!」と鳴き、呆れ顔でしっぱをぺしぺしと床に打ち付ける。


 その姿にアシュリーも堪えきれずに吹き出した。



 市場は人で溢れている。


 香草と乾燥果実の山、極彩色の布、透き通る瑠璃や水晶の器。


 目に映るすべてのものが珍しく、アシュリーはきょろきょろと見回っている。


「お嬢さんに美しい首飾りをどうです?娘さんへの贈り物にもぴったりですよ!」

 露店の男が声をかける。


 アシュリーが戸惑うと、マルクスが静かに微笑んだ。

「妻への贈り物として頂こう」


 男は慌てて頭を下げる。

「これは失礼…!ちょいと負けといたよ、ありがとね!」


 マルクスは翡翠の石が連なる首飾りを手に取り、アシュリーの首元に当ててみせた。


「……似合うね。私をいつも惹きつける君の瞳と同じ色」

「ま、マルクス様……人前でそんな……」


 ケイトが呟いた。

「ご夫婦の熱さで市場が溶けそうですね」


 イゴールが肩をすくめる。

「まったくだ」



 一方その頃、キリアンは古びた書店の奥で、一冊の文献を手にしていた。

 羊皮紙の表紙に、古代アルバ教の紋章。


「……“聖女は記憶の器”」

 彼は呟き、ページをそっとなぞる。

 「聖女とは、神の世界の記録を保持する存在」


 つまり、聖女は異世界の記憶そのもの。


 キリアンは深く息をついた。

「……ならば、Code of Edenとは“記憶を使った転送術”か」

 その意味の重さに、彼はしばし言葉を失った。



 黄昏時。


 赤と青が入り混じる空の下、一行は教会跡地を訪れた。


 崩れた尖塔、焼け焦げた壁。

 そして、床の中央――黒い煤のような痕。


 アシュリーが跪き、指先で触れると、光がかすかに散った。

「また……転送痕です」

「……ここにもか」

 マルクスが眉をひそめる。


 キリアンがそっと祈りの印を切った。

「“記憶の器”が、何かを呼び出そうとしているのかもしれません」


 沈黙の中、ハティルが低く唸る。

 ヨルムガルドが遠くで一声鳴いた。


 砂漠の風が、古い祈りのように隙間風となって鳴いていた。



 カルナの宿はどこもいっぱいで、部屋が足りなかった。


 結果、マルクスとアシュリーも一人用の部屋に二人で泊まることになった。


 アシュリーは小さなベッドに、腰を下ろす。

 そこへ風呂上がりのマルクスが、がしがしと雑に布で髪を拭きながらやって来た。


 服は第三ボタンまでくつろげられ、緩く履かれた下履きから腰が見えている。


 初めて見る緩んだ姿に、アシュリーは緊張してしまった。


(いつもきちんとしていらっしゃるから…なんだか…どきどきする…!)


 頬を染めて硬直するアシュリーに、マルクスが微笑む。

「そんなに緊張しなくてもいいよ。君が嫌なら私は床でも構わない」


「ち、違います! 嫌ではなくて……その……!」

 頬を染め、アシュリーはうつむく。


「…アシュリーは可愛いね?」

 いつの間にかアシュリーの前にやってきたマルクスが微笑む。


「こうして結婚してからも、私を意識してくれることが嬉しい」

 くいっとアシュリーの顎を上げた。


 細めた銀の瞳に熱っぽく見つめられ、心臓が高鳴る。やがて少し冷たい鼻先がくっつき、彼の銀色の髪がアシュリーにかかる。


 そして…そっと柔らかな唇を落とした。

 

 もう完全にとろけた表情の彼女に、マルクスは満足そうに笑った。



 マルクスが灯を落とす。

 

 暗闇の中、いつになく密着する。

 アシュリーは抱き抱えられ、マルクスの胸元に顔を寄せていた。


 彼の鼓動が聞こえてくる。


「…マルクス様も、どきどきしてくれているんですか?」

 アシュリーが問いかけるとマルクスは少し照れながら答えた。

「…旅で開放的になった君は、魅力的すぎるからね」


 その言葉にアシュリーは、意を決して彼の頬を両手で包んだ。


 目線がぶつかる。

 そしてアシュリーは目を閉じて、ちゅっ、とマルクスに自ら口付けした。

 

 短い沈黙が落ち、アシュリーは恐る恐る目を開けた。


 上気した端正なマルクスの顔が見えた。


「…悪い子だね。私を煽るとは…」

 マルクスがにこ、と口角を上げた。


「お仕置きが必要、かな?」

 マルクスに更に引き寄せられ、しっかりと密着したまま強引に唇を奪われる。


 そしてアシュリーは暫く離してもらえなかった。



「この香り、カルナ特有の香油だね…。よく似合ってる。もし君が気に入ったなら買って帰ろうか…」

 少し眠気を含んだ柔らかい声。

 彼の指先がアシュリーの髪をそうっと撫でる。


 その仕草は壊れ物を扱うようにあまりにも優しく、胸の奥がきゅんっと痛んだ。


「……マルクス様」

「うん?」

「……世界の存続がかかった旅なのに…。今は、怖さよりも、幸せを感じるんです…」

「私も、君とならどんな時もどんな場所でも、幸せだよ」


 アシュリーは瞳を閉じ、そっと寄り添う。

 マルクスの腕が、自然に彼女を包み込む。

 互いの鼓動が静かに一つに溶けてゆく。


「おやすみ、アシュリー」

「……おやすみなさい、マルクス様」


 窓の外では、砂の夜風がやさしく吹き抜けていた。


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