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辺境から南へ!そして辺境伯の無自覚な溺愛

 辺境の空は澄みきって、春の柔らかな光に包まれている。

 ヴァルトリア城の前庭では、旅立ちの支度が整っていた。


 馬列の先頭に、銀狼ハティルが座り込んでいる。


 誇らしげに胸を張っているが、城下の子どもたちに囲まれ、たくさんの花輪を首にかけられて完全に身動きが取れない。


 「に、似合ってますよ、ハティル……!」


 アシュリーが慌てて花輪を少し持ち上げてやると、狼は長い尾を一度だけ振って、「仕方ない」というように息をついた。


 上空では、竜ヨルムガルドがゆったりと旋回している。


 翼の一振りで雲を割り、通り抜ける鳥たちを無自覚に押しのけ地上に風を飛ばす。


 そのたびに下の兵士たちが「うわっ」と飛び退くが、どこか誇らしげにその巨影を見上げている。


「姫君、どうかご無事で」

「閣下、必ずお戻りくださいね!」

 並んだ民たちの声が重なる。


 農夫たちは高山山羊の背から籠いっぱいの干し果実やチーズを差し出し、子どもたちは編んだ飾りを馬に結びつけた。


 辺境は自然豊かで厳しい土地だ。だが、この地は人と魔物が順応し生きている。


 アシュリーが馬に乗り、手を掲げた。

「みなさん、ありがとうございます。――必ず、良い知らせを持って帰ります!」


 声に応えるように、拍手と歓声が湧き起こる。


 そのすぐ隣で、マルクスが微笑んでいた。


 彼は紺の外套の下に軽装の鎧をまとい、灰銀の瞳を優しく細めている。


「短い間で、よくここまで皆に受け入れられたね」

「皆さんが温かいからです。私はまだ、何も……」

「…君の力だよ」

 マルクスは手を伸ばし、アシュリーの髪についた紙吹雪をそっと払った。


「今日の装いも君によく似合っている。

 白い外套に桃色の花びらの模様に緑の紐飾り、銀の髪飾りが映える髪の編み込みも美しい。……まるで春の女神そのものだね」


「ま、マルクス様……」

 あまりに甘い声で言われアシュリーは俯いて赤面する。


 ケイトが遠くで小声で呟く。「はいはい、もはや日課ですね」

 イゴールが苦笑して咳払いをした。「閣下、皆が見ております」


 マルクスは機嫌良くアシュリーを見つめていて、特に聞いていなかった。



 五人と二匹は城門を抜け、街道を下って行く。


ハティルは先頭を行き、時おり後ろを振り返ってついてきているかを確認する。


 ヨルムガルドが頭上で一声鳴くと、上空へ上がって行った。


 キリアンが馬を止め小さく祈る。

「神よ、我らを導き、無事に民のもとへ戻したまえ」

 自分に言い聞かせるかのようだった。


 アシュリーがその背を見つめ、深く頷いた。

「行きましょう。ルーチェを……この世界を、救うために」



 やがて黒い岩肌が現れ始めた。

 風に砂の匂いが混ざる。景色がゆっくりと変わっていく。


 その時、ハティルがふいに立ち止まった。

 前脚で地面を掘り返し、低く唸る。


 イゴールがすぐに駆け寄り、膝をつく。

「……焼け跡です。普通の炎じゃない。魔術の――」

 キリアンが顔を寄せ、わずかに息を呑む。

「……転送痕。Code of Edenの残滓だ」


 アシュリーは膝をつき、焦げた石の表面に指を触れた。

 黒く光る粒子が、かすかに蒸気を上げている。

「……ここで、“何か”が、呼ばれたのですね」


 マルクスが険しい顔で呟く。

「民の道に近い――危険だね」

 ケイトが布で覆い、地図に赤く丸をつけた。

「…辺境に報告を飛ばします」


 ケイトが大鷲に伝令を括り付けて飛ばす。


 ハティルが吠えるとヨルムガルドが遠く上空から応える。

 ヨルムガルドはぶんぶんと大鷲に風を送って応援したようだ。



 昼下がり。

 短い休憩の間、ケイトが煮込んだ干し肉のスープを配る。香草の豊かな香りが漂った。


 アシュリーが湯気を冷ましているとマルクスが自分のマントをそっと肩にかける。


「少し冷えるね。……あぁ、髪が」

 彼は手慣れた仕草でアシュリーの髪を結び直した。


「君の髪は陽に透けると、夜空のようにきれいだ」

「……マルクス様はなんでも褒めてくださいます」

「本心だよ。私は君を褒めるために生まれてきたのかもしれないね?」

「もう…!」

 アシュリーが頬を染めて顔を背けると、マルクスは楽しそうに笑った。



 再び街道をゆく。

 遠く、白砂混じりの風が地平を這う。


 ハティルが雪を蹴り、ヨルムガルドの翼が陽光を受けて光る。


 一行は南へ、太陽が強く照りつける白い砂の方へと進んでいった。


 ――白砂の聖廟へ。

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