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終話 夫婦になっても変わらない、お砂糖より甘い愛!

 ヴァルトリアに戻ってから三日。

 吹雪の記憶も、星の泉で見た幻もまだ胸の奥に残っている。


 けれど、辺境の空には確かに春の匂いが漂い始めていた。

 雪解けの水が石畳を流れ、城下の屋根から雫が滴る。


 ――世界が少しずつ、動き出している。


 アシュリーは辺境城の庭の回廊を歩いていた。

 久々に感じる穏やかな日差しに目を細めていると、背後から柔らかな声がした。


「もう寒くないかい?」

 振り向けば、マルクスが外套を手に立っていた。

 濃紺の衣の襟を少し開け、穏やかな笑みを浮かべている。


「いえ、少しだけ……でも、気持ちがいいです」

「そうか。君がそう言うと、冬も悪くない気がするね」

 彼は外套をアシュリーの肩にかけ、髪についた葉を払ってくれる。

 その仕草に、胸がふっと温かくなる。


「今日は体調は問題ない?」

「はい。あの日は、本当に皆さんにご心配をおかけしました」

「……君が吹雪に消えた時、心臓が止まるかと思った」

「…ごめんなさい」

 マルクスは穏やかに言いながらも、その瞳は真剣だった。


「だから、次は私も巻き込んでくれ」

「……そんなこと、約束できません」

「では、私が必ずどこにいても君を捕まえよう」

「……もう、マルクス様」

 笑う声が、春の光の中に溶けた。



 執務室の机には、封蝋された書簡が置かれていた。

 王太子の印章。宛先は王城。


「……王都への報告書ですね」

「ああ。兄上に簡単な報告だけ送る。正式な報告は後にして、今は――一刻も早く出発しよう」

 マルクスは筆を置き、封を閉じる。

 書簡の文は、ほとんどが弟としての言葉だった。


「アルザス陛下は、何とおっしゃるでしょう」

「きっと笑うだろう。“お前らしい”とね」

 そう言って、マルクスは微笑んだ。


「……君が妹を救いたいと願うなら、私がそれを止める理由は何もない」

「マルクス様……」

「君の願いは、私の願いだよ。それが夫婦というものだろう?」

 アシュリーは言葉を失い、そっとその手を握った。


 掌に伝わる温もりは、何よりも確かだった。



 辺境城の一角では、使用人と兵たちが忙しく動き回っていた。

 その中心で、ケイトとイゴールが荷をまとめている。


「旅支度、すべて整いました。魔石灯と医薬箱、温石も追加済みです」

 ケイトが帳面を閉じて言う。

「それと――今回は私たちも同行させていただきます」


 イゴールがマルクスの前に跪き、頭を下げた。

「……陛下の命でもあります」

「……兄上が?」

「“お前が無茶をするなら、せめて見張りを増やせ”とのことです」

 イゴールが苦笑し、ケイトも肩をすくめる。


「心強い叱責ですね」

 アシュリーが微笑むと、ケイトがからかうように言った。

「アシュリー様こそ、旦那様を守って差し上げてください」

「……私が、ですか?」

「はい。うちの人もそうですが、辺境出身の男は必ずと言っていいほど無茶をなさるので」


 イゴールが咳払いをした。

「……君、その“うちの人”って誰のことだ」

「他に誰がいます?」

 夫婦のやりとりに、アシュリーがくすっと笑い、マルクスも笑った。


 そのとき、銀狼ハティルがやってきてマルクスの足元にすり寄る。

 ヨルムガルドは中庭で翼を広げ、白い雪を舞い上げた。


 辺境の空に、春の風が吹く。



 夜。

 暖炉の火が静かに燃えている。

 アシュリーはソファに座り、膝の上に一冊の古書を開いていた。

 マルクスが向かいの椅子から身を寄せる。


「まだ眠れない?」

「……考えごとを」

「妹のこと?」

「……はい。ルーチェの……これからを」

 アシュリーの瞳が震える。

 マルクスはその手を取り、唇を寄せた。


「……世界にたったひとりでも心から案じてくれる人がいることは、彼女にとって幸せなことだと思うよ」

 炎の光が揺れ、二人の影を重ねる。


「マルクス様……怖くないですか」

「いや、君といると不思議と恐れはすべて消える」

「……私もです」

 アシュリーが微笑むと、マルクスがそっと彼女を引き寄せた。


「では、ずっと共にいなければ」

「……はい」

 アシュリーが頬を寄せ、マルクスの腕がその背を包む。

 二人は唇を重ね、静かに息を溶かした。


「寝室に行こうか」

「……ずっと、手を握っていてもいいですか」

「君がそう望むなら、朝まででも」

「……朝になっても、離れません」

「それは最高だね」

 囁き合う声が重なり、外の風が窓を優しく揺らした。



 翌朝。


 雪原に薄い朝日が差し、金色に染まる。

 中庭ではヨルムガルドが伸びをするように翼を広げ、ハティルがその横で雪をふるふると落としていた。


 ケイトとイゴール、キリアンが馬に跨がり、マルクスとアシュリーの到着を待っている。


 アシュリーは白い外套を翻し、マルクスの差し出した手を取った。

 その瞬間、太陽の光で雪原がきらきらと煌めいた。


「行きましょう。ルーチェを――そして、この世界を救うために」

「……ああ。共に」


 マルクスがハティルに跨り、アシュリーがその後ろに続く。

 ケイトとイゴール、キリアンも馬を進め、ヨルムガルドの影が大地を横切る。


 ――ヴァルトリアの冬が終わり、南へ続く道が開けていた。


 それは、希望という名の雪解けだった。


三章が無事、終わりました。四章はようやくヒロインVS元悪役令嬢の喧嘩の予定です!(マルクスが黙ってないでしょうが)

お読みいただきありがとうございます。ブクマや評価励みになっております。

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