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元悪役令嬢、イケオジの正装にときめく

 ルーメニアの王都の中心には、教会に似た一際大きな白亜の宮殿がそびえたつ。

 マルクスとアシュリーはキリアンに案内され、その王城へ向かった。

 そして女王パルネラ・ルーメニアに謁見するため正装に着替え、王座の間に向かった。



 高い天井はアーチを描き、金の天蓋の布がゆらめいている。

 壁に並ぶ窓から外の光が差し込み、白い床はまぶしいほどだった。


 城の大理石の玉座には、若き女王パルネラ。

 金の冠を戴き、淡く透けるヴェールの下から豊かな金髪が落ちる。

 明るい若草色の瞳は、年齢よりもはるかに大人びて見える。

 アシュリーとほとんど同じ年頃――けれども、老成した為政者の目をしていた。


「ようこそ。アストリアの王太子殿下、王太子妃殿下。

 雪深き辺境より遠路遥々、我が国のためによくぞお越しくださいました」


 柔らかく、鈴のような声。

 だが、その奥にはわずかな疲れが滲んでいた。



 アシュリーは初めて着る王族の装いに緊張していた。


 ベロアの真紅の生地全体に、青糸でアストリアの古い紋様と王族を表す紋章が刺繍され、立襟には辺境の銀色のガラス細工が縫い込まれている。


 隣に立つマルクスは、濃紺と紅を基調にしたアストリアの王族の正装。

 濃紺の軍服を基調とした服の上に真紅の分厚いマント、肩に銀の徽章。

 マントには直系の王族にのみ許される紋章の刺繍が施されている。


 女王パルネラの傍らには神官服のキリアンが控えている。

 アシュリーは、キリアンが女王と同じ若草色の瞳と金髪を持つことに気付いた。



 パルネラが口を開いた。

「――“死者復活”と呼ばれる奇跡、あなた方も耳にされたでしょう」


 薄く笑ったその口元には、諦めに似たものがあった。


「私は奇跡など信じません。

 戦で心を失った民が、慰めを欲して縋っているだけです。

 ……それを教会は“神の証”に仕立てている」


 マルクスがわずかに頷く。

「信仰は力になりますが、時に支配の道具に変わることもあるでしょうね」


 パルネラは目を伏せ、細い指先で大理石の玉座を握った。

「……死者再生を信じるなど、愚かなこと」


 重い静寂が落ちる。

 アシュリーは小さく息を吸い、言葉を紡いだ。


「……人は時に、愚かになります。

 愛する人を失った時や、信じているものが壊れた時には特に。

 ですが、必ず――人も国も、前を向くと私は信じています」


 その声は柔らかく、それでいて芯があった。


 パルネラがわずかに目を見開き、そして微笑んだ。

「――あなたのような人が、この国にもいれば良かった」


 マルクスが隣でアシュリーを横目で見つめた。

 言葉はなくても、その目には誇りと愛情が映っていた。



 静かにキリアンが前へ進み、女王に囁く。

「陛下。……この国を覆う祈りの熱は、もはやこの国だけの問題ではありません。

 神官ゲルトは、“この世界には存在しない奇跡”を造ろうとしている」


 パルネラの表情が硬くなった。

「――“この世界にない”?」


 キリアンの視線が床の聖紋に落ちる。

「我が国の過去にも存在した、異世界からの聖女の記録。

 どうやら、その異世界から何かを持ってきて、教会の復権に利用するつもりのようです」


 空気が凍る。

 アシュリーの胸にもひやりと冷たいものが走った。

 前世の、進み過ぎた兵器の記憶が蘇る。


 マルクスが隠れてそっと彼女の指を包んだ。

「……止めるために、私たちは来たのだから」


 パルネラが真っ直ぐマルクスとアシュリーを見つめ、言った。

「……私の兄、キリアンと共に、聖女ルーチェを止めていただけませんか」


 マルクスが驚いたように目を瞬かせる。

 キリアンは静かに微笑んだ。

「……前王の隠し子という立場でして。

 ですが、パルネラ陛下の力になりたいと尽力してきました。

 マルクス様は王弟殿下という立場、アシュリー様は聖女ルーチェの姉君です。

 我々はきっと上手く――」


 キリアンの言葉に、マルクスもアシュリーも深く頷いた。


 女王はその様子に微笑み、再び厳しい眼差しで告げる。

「では――我らが知る限りの情報を共有しましょう」

 パルネラの声が謁見の間に響く。


「神官ゲルト。彼は過去にこの国に存在していた異世界からの転移者であり、聖女信仰の始まりとされる“最初の聖女”の末裔です。

 狂信的な聖女信仰者であり、この国の高位神官。

 その末に、異世界からの転生者と主張する聖女ルーチェを祭り上げた」


 その言葉に、アシュリーの胸が強く締めつけられる。

「……はい。彼女は確かに前世があります。

 ですが……転生者なのです。記憶があるだけで、この世界の人間です」


 キリアンが続ける。

「癒し以外の奇跡は本来の聖女信仰とは無縁のものです。

 ……けれど民は“希望”を求め、教会はその心を掴もうとしている」


 俯いたキリアンにパルネラが手を伸ばし、慰めるように肩に触れた。

「戦で家族を失った者たちは、誰かに“もう一度会いたい”と願い、ゲルト達はそれを与える。

 そして宗教を政と切り離す政策で権威を失うことを恐れた教会は、造られた奇跡を受け入れた。……私を含め、教会からは多くの離反者が出ました」


 パルネラが立ち上がり、玉座を降りてマルクスとアシュリーのもとへ歩み寄る。

「どうか、我が国に力をお貸しください」

 そして深く頭を下げ、最高の礼を捧げた。


「……無論です」

 マルクスとパルネラは強く握手を交わした。



 謁見を終え、廊下に出ると午後の光が燦々と降り注いでいた。


 前を歩くマルクスの背中に光が差し込み、真紅のマントが翻る。

 正装に合わせられた黒の皮靴も、襟元に光る勲章も、どこか泰然とした彼によく似合っていた。


 端正な横顔がいつも以上に凛々しい。

 その姿に、アシュリーの胸が高鳴る。


「……マルクス様、その装い、とてもお似合いです」


 彼が振り返り、わずかに笑った。

「……あまり王族の装いは好きではないが、君にそう言ってもらえるなら、悪くない」


 白い光の中、二人の影が寄り添うように重なった。

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