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お茶会が待ちきれなくて、無自覚チート

 午後はお茶会の約束をしていた。

 「二人きりでゆっくり話そう」とマルクスが微笑んだ、その一言に、アシュリーの胸はずっと高鳴っていた。

 けれども待ちきれず、彼女は部屋の中を何度も歩き回ってしまう。


「アシュリー様、そんなに部屋を行ったり来たりして……床に穴があいてしまいますよ」

 くすくす笑いながら侍女のケイトが声をかける。


「だ、だって……男性とお茶会なんてしたことがなくて。どんなドレスを着ればいいのか……わからないの」

 アシュリーは珍しくそわそわと胸の前で手をもてあそんだ。


 ケイトは少し考えると、クローゼットを開いた。整然と並んだドレスの中から、一着を慎重に取り出す。

 銀糸の光を纏ったそれは冬の光を纏うかのように美しかった。


「でしたら、こちらはいかがでしょう。銀色は、アシュリー様の瞳と髪を引き立てます」


「……それは……」

 アシュリーは目をキラキラさせた。

「……マルクス様の色…?」


 彼の髪も瞳も、冷ややかな銀灰を思わせる。

 しかし、その色を自分が纏うなど――と、戸惑う気持ちが胸をよぎった。


 しかしケイトはためらわず頷く。

「ええ、マルクス様は銀狼辺境伯とも呼ばれております。だからこそ!ふさわしいのです。

マルクス様の隣に立たれるのは、アシュリー様なのですから」


 アシュリーはそっと銀のドレスを身に纏った。

 鏡に映る自分に落ち着かず、裾をつまんで小さく呟く。

「……似合うかな……」

「はい。似合っています!堂々と胸を張ってください。マルクス様がきっとアシュリー様の美しさに驚きますよ」

 ケイトは微笑みながらアシュリーの頬に淡い紅を差し、瞳の際に影を描いた。


 ――マルクスはどう思うだろう。

 アシュリーは胸を押さえ落ち着かない息を吐いた。


 ケイトに連れられてお茶会の部屋まで向かおうとおずおずアシェリーは歩いていた。


 だが、その時。

「辺境伯閣下!城壁近くに魔物の群れが!」


 慌ただしい報告が城中を揺らす。

 急いで歩いてきたマルクスが苦しげにアシュリーに告げた。


「……すぐに片をつけて戻る。待っていてくれるかな?」

「……はい」


 頷いたものの、せっかくの銀のドレスも、お茶会も中止になってしまった。

 アシュリーは小さく肩を落とした。



 城壁で。

 黒い巨獣が群れになって咆哮し、城壁からは弓が放たれ、地上の兵たちは必死に剣と盾を構えるが押し返されじりじりと後退していく。


 そこへ――


「……あの……ごめんなさい……」


 か細い声と共に、空から城壁にふわりと銀の裾が舞い降りた。

 光に照らされ、銀糸が煌めき、化粧を施した頬が淡く輝く。


 アシュリーだった。


「勝手に来てしまって……。でも……マルクス様とのお茶会を、どうしても今日したくて……」


 兵士たちは絶句し、同じく今到着したマルクスもまた驚きに言葉をなくしていた。



 アシュリーは片手を上げ、大地に黒い渦をたくさん作った。

「……自然を傷つけないように……ここへ」


 〈ダークホール〉。

 巨獣たちは抗う間もなく瞬時に吸い込まれてゆき、雪に埋もれている森や道、城壁も無傷のまま討伐はあっさりと終わった。


 彼女は今度は負傷兵たちがいる方へ掌を翳す。

 するとその場の全ての傷を白く淡い光が覆い消し去った。


「ち、治癒!?普通は聖女様以外できないはずでは……!」


 どよめきにアシュリーは耳まで真っ赤になって俯いた。

「ち、ちがうんです……!ごめんなさい、私の妹が聖女なので……その魔法を真似して……十万回くらい練習したら……なんとか……」


 裾をぎゅぅっと握りしめる小さな手。

 その震える声に兵士たちは顔を見合わせた。


「十万回も……」「そこまで……」

「すごい血の滲むような努力だ…」

「すげぇ……本当に真面目な方だ…」


 荒々しく脳筋と言われる辺境の兵士たちでさえ、彼女の生真面目さを心から認め始めていた。



「マルクス様…ごめんなさい、怒っていますよね…」


 アシュリーの泣きそうな声に、マルクスは静かに歩み寄って彼女の肩を抱き寄せた。


「……怒る?どうして?」

「……だって……私、勝手に来てしまって……それに聖女で神聖な妹の真似を勝手に……」


 マルクスは首を振り、笑った。

「君は助けに来てくれたのだし、事実我々を助けてくれた」


そして低く真剣な声で、アシュリーの耳元で語りかけた。

「それと…十万回も練習し努力して自分の力にした力は“真似”とは呼ばないよ。それは間違いなく君の力だ」


 アシュリーの肩が小さく震える。

 彼女はずっと、“努力”は笑われるものだと思っていた。真面目さも、役に立とうとする気持ちも、前世からあまり人からよく思われていない気がしていた。


「大地も兵も救って誰一人犠牲を出さなかった。……私でも容易ではないことを君は成し遂げた」

 マルクスはするりとアシュリーの頬に手を添え、覗き込みながら告げた。

「……私は心から、感嘆しているよ。君の強さと、君の優しさに」


「……か、かん……たん……」

 聞き慣れない言葉と距離の近さにアシュリーは瞳を潤ませ、揺らした。


「そう、君は私の想像を越えていく」


 視線を流し、彼女の装いを眺める。両手でアシュリーの頬をつい、とあげて鼻先をくっつけて熱っぽい視線で見つめる。

「……君は本当に愛おしい子だね…」


「えっ……」

「銀は私の色だと…分かっていてもいなくても…君が着てくれたことが嬉しいよ…」


そして、そのままマルクスは目を細めて微笑んだ。

「…綺麗だよ、アシュリー」


 アシュリーはマルクスの色気に、子ウサギのように震え耳まで真っ赤で裾を握りしめていた。



 兵士たちは黙ってその光景を見ていたが、やがて誰かが低く呟いた。

「…マルクス様もあんな顔するんだな……」

「アシュリー様可愛いな」

「強いし努力家だし……」

「…奇跡みたいな方々だ」


 その言葉が広がり、剣が掲げられ、歓声が辺境の空気を震わせた。


「辺境の銀狼閣下の姫に万歳!!」

「銀狼閣下の姫君に栄光を!」


 盾を打ち鳴らし、大地を揺らすほどの声で口々に兵たちが声を上げる。

 マルクスは快活に笑った。


 討伐は終わった。兵たちは盾を打ち鳴らし銀狼閣下の姫!と声を上げながら帰っていく。


 アシュリーは顔を覆い、真っ赤な顔でちょっと嬉しそうに小さく頷いていた。


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