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外伝2 スローライフな辺境領の祭日、星月夜の祭り

 辺境ヴァルトリアの冬。今日は夜明け前から、雪明りの下、煙突から立ちのぼる白煙がゆるやかに流れていく。


 今日、年に一度の「星月夜の祭り」が開かれる。


 夜の帳がいちばん長く、そして、光がいちばん美しく見える日。人々はそれを“神々が灯りを戻す夜”と呼び、古来から祝ってきた。


 城下町の通りは朝のうちから慌ただしい。


 店の前には木の屋台が並び、焼き網の上で羊のソーセージがじゅうじゅうと音を立てている。

 パン屋ではバターと蜂蜜の香りが漂い、少女たちは白い息を弾ませながら甘い林檎を煮詰めている。


 職人たちは大広場に組まれた青と白の巨大なテントを確認する。少年たちは笑いながら色とりどりのガーランドを手渡し合う。

 青と白の布旗が冬の光を受けて翻り、無数のガラス玉がきらめいた。


 その光景は美しい。

 ――まるで町全体が、空に届く祈りを作ろうとしているようだった。



 石造りの坂道を、白いマントを羽織ったケイトが歩いてくる。

 手には包み布を持っている。中には、アシュリーの祭礼衣装が収められていた。

 彼女は笑いながら通りの老人に声をかけられる。


「ケイト嬢さん、今年は辺境伯様と姫君が最後の舞を踊るんだってな」

「ええ、領民の皆さんが決めたことですから」

「そりゃあありがたい!きっと星々も喜ぶだろうよ!」


 人々の表情には誇らしげな笑みがあった。

 この北の地を護る「銀の王」と「黄金の姫君」の舞を今年勤めるのは――マルクスとアシュリー。


 銀の王と黄金の姫君はその年、結ばれた男女が務める決まりだ。

 祭りの一番大切な伝統の舞を、領主夫婦が舞うことは領民の誰もが待ち望む新しい未来の象徴だった。


 ケイトが城の門をくぐると、雪を払うイゴールが待っていた。凍える空気の中、彼は柔らかく微笑む。


「重くなかったか?」

「問題ありません。……でも、あなたも手伝えばよかったのでは?」

「いや、俺が触ると皺になるだろう?繊細そうな布だし」

「言い訳を……」


 呆れながらも、ケイトの口元に笑みが浮かぶ。

 イゴールは彼女の手元を覗き込み、囁くように言った。


「……俺たちもあの踊りをしたんだよな。懐かしい」

「……っ!そんな昔の話を思い出さないでください」


 ケイトは頬を染めてそっぽを向く。

 イゴールの笑い声が雪に溶けた。



 城の上階。

 アシュリーは鏡の前で竜の鱗で出来た髪飾りを整えていた。淡い金色の衣に、金色のガラスビーズで月の模様が織り込まれている。


 祭りの主役――「黄金の姫君」としての衣装。


「……すごい…こんなに美しい衣装を、着ていいのでしょうか」

 胸元に手をあてると、ケイトが笑う。

「あなたが着なければ誰が着るのです。領民も皆が待っています」

「私……舞をちゃんと踊れるか……」


 その時、背後から穏やかな声がした。


「大丈夫だよ。今の君はどんな光よりも美しい」


 マルクスが扉のそばに立っていた。

 銀の衣に銀狼の毛のマントを羽織り、頬には祭礼の涙型の赤いペイント。


 彼の灰銀の瞳が優しく細められる。


「マルクス様……」

「今日は君が主役だね。私はその隣で光を受けるだけでいい」


 アシュリーは頬を染め、目を伏せた。

「……緊張が余計に……」

「緊張するのは、君が本気でこの祭りを大切に思っている証拠だ」


 マルクスは彼女の肩にそっと手を置き、微笑んだ。


 窓の外には、城下町が色と光で満ちている。

 人々の笑い声、楽隊の音、羊肉の焼ける匂いが風にのって届いた。


「……素敵ですね、この音」

 アシュリーの呟きに、マルクスが頷く。

「この地は君が来てからより明るくなった」


 二人は並んで窓辺に立った。

 遠く、青と白のガーランドが冬空に翻る。

 祭りの始まりを告げる鐘が鳴り響いた。


 ――星月夜の祭り。

 光と闇が交わり、願いが空へ昇る夜が、始まろうとしていた。


 辺境ヴァルトリアの城下町は光で満ちていた。


 通りには青と白のガーランドが渡され、雪の上を照らすのは、無数の星型の魔法灯籠と手作りの月のランタン。


 広場の中央に立っている巨大なテントからは、リュートや笛の音が流れ出し、子供たちの笑い声が夜気を弾ませていた。


 その中を――金と銀の衣を纏った二人が歩いていた。


 マルクスとアシュリー。

 祭りの主役、「銀の王」と「黄金の姫君」。


 普段城下町に行く時に見かけられる威厳ある辺境伯も今夜ばかりはどこか柔らかい顔をしている。隣を歩くアシュリーは頬を紅く染めながら自然にその手を取っていた。


「……人が多いですね」

「皆、君を見たいのだよ。辺境の守護の姫として」


「そんな……畏れ多いです」

 アシュリーは照れたようにうつむき白いケープをきゅっと握る。

 マルクスは小さく笑って、そっと彼女の耳元で囁いた。

「…実際のところ、君が可愛いからだよ」


「……マルクス様っ!」


 その声に、すぐ近くの屋台の老夫婦がにこにこと笑った。

「まあまあ、若いってのはいいですねぇ。ほら、仲良くひとつどうですか?」

 差し出されたのは小さな焼き菓子。

 黄金色の生地が星の形をしている。


「これが、星屑パイですか?」

 アシュリーが目を輝かせると、老女は頷いた。

「砂糖漬けの果実と蜂蜜入りで、恋人と食べると願いが叶うって言われてるんですよ」


「……願いが叶う?」

「ええ。恋人とずっと一緒にいられますようにっていう感じで」


 アシュリーは一瞬言葉を失う。視線を横に向けると、マルクスが微笑んでいる。


「……一つください」

 そう言って、マルクスは銀貨を置き、星型のパイをひとつ受け取った。


 そして、アシュリーに差し出す。

「半分、君に」


 ぱりっと香ばしい音がする。


 黄金色のパイ生地はバターがふんだんに使われ、中から甘い果実の蜜と蜂蜜がとろりとあふれる。果実と蜂蜜の香りが、冬の冷たい空気の中で優しく溶けていく。


「……おいしい……」

「…君のほうが甘いね」


「ま、マルクス様!」

 ぺろ、と人目を憚らず口もとを舌で舐められ、思わず口を押さえるアシュリーは耳まで真っ赤。辺境の冷たい空気は、ふたりの周辺だけ熱いほどだった。



 その後も二人は店を巡る。


 ホットワインの香りが漂う露店で、マルクスが「ワインは君にはまだ早いよ」と言ってアシュリーにホットチョコレートを渡した。


 その上にはたっぷりの生クリーム、砕いたナッツが浮かんでいた。


「……こんなに甘いもの、久しぶりです」

「君が疲れたときのために覚えておこう」

「……私の好きなものを覚えてくださるんですか?」

「当然だろう?愛する人の好みも知らない夫にはなりたくないからね」


 アシュリーはカップを両手で包みながら、ふと顔を伏せた。

「……そんな、さらっと言うのはずるいです」

「愛することが私にとって日常になったのだよ」


 彼の声は静かな炎のようだった。



 やがて二人は、城下町の外れ――小高い丘の上へと続く階段を上がっていった。

 雪に覆われた丘の上からは星々のように瞬く町の光が一望できる。


「……綺麗……!まるで空と地上の星が混ざってるみたい」

「…ここは私のお気に入りの場所でね。いつか、この景色を君と見たいと思っていたんだよ」


 マルクスの手がアシュリーの指を包み込む。

 冷たい空気の中で互いの体温だけが確かなもののように感じられた。


「マルクス様……」

「…君が来てから、辺境はより明るくなったよ。王都出身の君が瞳を輝かせてこの場所の良いところをたくさん見てくれるから」


 アシュリーは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。

 ふと、彼の肩に寄りかかる。

「……私もここが好きです。たくさんの光が、人々の営みの輝きのように感じます」

「…そうだね」


 その時――

 雪を踏みながら小さな影が近づいてきた。


 黒い髪に灰色の瞳をした少年。

 年の頃は十にも満たない。青い民族衣装に珍しい灰色のマントを羽織り、両手で星形の紙灯籠を抱えている。


「ねえ!お姉さん、お兄さん」

 柔らかく微笑んで少年は二人を見上げた。

「“灯り”って…なんだと思う?」


「……え?」

 アシュリーは目を瞬かせる。

 マルクスが微かに眉を動かしたが、少年は星形の紙灯籠を渡しながら続けた。

「答えがわかったら、いいものあげる!」


 そう言って、くるりと背を向け、風のように人混みの中へと消えていった。


「……不思議な子ですね」

「ああ。……どこの子だろう」


 アシュリーは胸の前で手を重ねた。

 冷たい風の中、紙灯籠の灯がほのかに揺れる。

 その小さな光を見つめながら、彼女は静かに呟いた。


「“灯り”……星のことでしょうか」

「ふむ。この祭りの中で考えてみようか」


 マルクスの声に、アシュリーは微笑んだ。

 雪が二人の肩に静かに降り積もる。

 冬の空は、少しずつ深い群青へと変わり始めていた。


 ――やがて祭りの夜は、伝統の舞の時を迎える。




 夜の帳が降りる頃、ヴァルトリアの城下町は光に包まれていた。

 石畳には霜が降り屋根に雪が淡く積もる。

 家々の窓や店先には星のガラス細工の中に灯りがともされ、町中がまるで星の海のようだった。


 広場の中央には巨大な円形の舞台が設けられている。


 天幕には銀糸の刺繍が、中央には「月の円」と呼ばれる光の輪が掲げられていた。

 その輪の下で人々は歌い、リュートが鳴り、笛の音色が雪を震わせている。


 ケイトが舞台裏で最後の調整をしていた。

「もうすぐですね、アシュリー様……緊張なさらないで」

「……たくさん練習しましたが、緊張してしまいますね」

 アシュリーは苦笑して答える。


 彼女の衣装は金糸のドレス。

 裾や袖には無数の金色のガラスビーズが縫い込まれ、動くたびに星のような光がこぼれた。

 額に深い青色の竜の鱗で作られた細い冠が輝き、髪は三つ編みで作り編み上げられている。


 ――まさしく「黄金の姫君」。


 一方、マルクスは銀の民族衣装に身を包んでいる。

 胸元には銀糸で紋章が刺繍され、腰には金細工が施された布マントを巻いている。肩から銀狼の毛皮のマントを羽織り、竜の鱗で出来た留め具を止めた。頬には涙型の赤い紋が描かれている。


 そして、銀で出来た王冠をかぶっていた。


「……マルクス様素敵です」

 アシュリーに褒められたマルクスは照れたように笑った。

「…ふ、まさかこの歳でこの役をやるとは思わなかったよ。君はいつも以上に美しい」


 アシュリーは頬を染めてはにかむ。

「わたし、踊りが少し不安で……マルクス様を踏んでしまったらって」

「大丈夫だよ。私は君を支えるのが役目だからね」

 低く穏やかな声に、アシュリーの不安は雪のように溶けてしまった。



 リュートが三度掻き鳴らされる。

 それが合図となった。


 群衆のざわめきが波のように静まり、

 竪琴の音が夜の空気より澄んで響く。


 白い紙吹雪が舞い落ちる。

 月の輪の下、銀の王と黄金の姫が並んだ。


 マルクスが手を差し出す。

 アシュリーがそれを取り二人の指が重なる。


 その瞬間、周囲の灯りがふっと落ち、舞台の中央だけが光に包まれた。


 ゆるやかに始まる旋律。

 アシュリーの金の衣がふんわりと広がった。

 二人は互いを見つめ、息を合わせゆらりゆらりと揺れる。


 年老いた語り部の声が響いた。


「地平線を越えて銀の王は征く…

 白き大地を踏みしめ、緑を育て、

 やがて眠りの果てに出会いたるは

 ――美しき黄金の姫君。

 二人は寄り添い、結ばれ

 ――幾千の光を空に放った」


 その詩の一節ごとに、竪琴の音が高まっていき、紙吹雪が光を帯びて舞い上がる。

 マルクスがアシュリーの手を取り、腰を支え、軽く回す。


 彼女の金細工の施された裾がくるんと宙を描き、周囲にきらきらと光の粒が散った。


 観衆は息をのむ。


 その光景はまるで伝承の再現だった。

 銀の王が太陽、黄金の姫が月――そして、二人が生んだ光こそが夜空の星々…。


 アシュリーは舞いながら、小さく囁いた。

「……この物語は素敵です…王と姫は夜を越えて新しい光を生んだ……」

 マルクスは微笑む。

「私には君が光をくれたんだよ…アシュリー」


 その言葉にアシュリーの胸が熱くなる。

 目の奥がじんわりと滲み彼を見上げる瞳はきらきらと星のように煌めいた。


 音楽が最高潮に達し、二人が最後の旋回に入る。


 銀のマントの輪とドレスの金細工の裾の輪の輝きがひとつの光の輪になっていく。


 マルクスが彼女を抱き止めるように受けとめた瞬間――マルクスの魔法で舞台全体が白く大きく輝いた。


 静寂。

 次の瞬間、割れるような拍手と歓声。


 アシュリーは息を弾ませ、胸に手を当てて小さく笑った。

「……踊りきれましたね」

「はは…私は君とならいつまでも踊りたいと思ってしまった」


 マルクスのその言葉に、民の笑い声が起こる。

 温かい空気がふたりの周りを包んでいた。


 ――だが、まだ祭りは終わらない。


 このあと人々が星の灯籠に願いを込め、魔力を込められ空へと放つ儀式が待っている。

 そして、今夜はほんとうの奇跡が訪れる事となる



 舞が終わり、竪琴の音が静かに余韻を残す。

 夜空にはまだ雲が垂れこんでいて、灯りの揺れる広場だけが光に包まれていた。


 マルクスは隣のアシュリーを見やる。

 彼女の頬には舞の熱がまだ残り、桃色に上記していた。


「……先程、姫君の舞は見事だったと民が」


「ふふ……よかったです。本当は、緊張で少し足が震えてました」


「…私は舞っている君の艶っぽい表情しか見えていなかったよ」


 囁かれた言葉に、アシュリーの頬が朱に染まる。観客の拍手がまだ続いている中、二人は肩を並べて舞台の端に歩んで行った。


 そのとき――鐘の音が響いた。


 広場の灯がすべて消える。

 町の人々の手にあるのは小さな星形の紙灯籠。

 誰もがそれぞれの願いをこめ両手でそっと包み込む。


 町中の全ての人が――辺境の城を見つめていた。


 厨房の職人たちが灯籠を掲げる。

 メイドたちも、男性使用人も全て。

 侍女たちは最敬礼し、騎士たちも剣を捧げる。


 ケイトもアシュリーも静かに胸の前で両手を合わせる。

「今年も……皆が無事でありますように」


 皆が灯籠を高く掲げた。


 次の瞬間、城の塔から一筋の光が放たれ、やがてそれはゆっくりと大きく太く帯ような光の波となって、広場の灯籠たちへと届いてゆく。


 ――灯に魔力が宿った。


 風が生まれる。

 魔法陣のように広場を囲む青白い光がゆっくりと回転し、灯籠がふわり、ふわり、と宙に浮かび上がっていく。


「……これが、星月夜の“灯”」

 アシュリーの瞳が潤む。

 マルクスは静かに頷き、彼女の手を取った。


「願おう。君と、皆の未来のために」


 二人が同時に魔力をこめる。

 手を取り合うアシュリーとマルクスの全身が光る。まるで心臓の鼓動のようにゆっくり明滅した。


 そして――彼女は小さく呟く。


「……灯は“誰かの願いを叶えたい”という想い。きっとそれが、答えですね」


 言葉が風に乗る。


 そのとき――人混みの中に、あの少年の姿が見えた。


 銀の瞳が二人の光を受けて淡く輝いている。

 微笑んで静かに頷く。


「君の答え、受け取ったよ」


 瞬間、雲が切れた。


 暗かった空がまるで裂けるように晴れ渡り、落ちてきそうなほど満天の星が現れる。


 歓声が上がる。

 城下も、城の者たちも、子供も老人も、誰もがその光景に息を呑んだ。

 それは、まるで夜空が祈りに応えたかのような奇跡だった。


 そして、無数の灯籠が浮いてゆく。


 星々の間へ吸い込まれーーやがて花火のように弾けた。


 光の粒となって新たな星座を描く。


「……わぁ…」

 アシュリーがそっと呟く。

 頬に柔らかな風が触れた。


 ――空から、ひとつの光が舞い落ちる。


 アシュリーがそっと手を伸ばすと、それは静かに彼女の掌に降りた。ころん、と落ちてきた小さな翠色の宝石と、一枚の古びた写真。


「……これは?」

 マルクスが覗き込み、息を呑む。

 震える指で彼は宝石を手に取り、思いついたように王冠をおろす。


 そしてその宝石は、彼が戴く王冠の中央――欠けた部分にぴたりとはまった。

 星々の灯りに、緑の光が走って王冠が再び完全な形を取り戻す。


 マルクスは呆気に取られた顔をして王冠を見た。そして更に、アシュリーが手にした写真を見て目を瞬く。


 そこには、幼いマルクスとその隣に堂々と立つ威厳ある前辺境伯の姿。

 ……緊張した面持ちの幼い少年と、誇らしげな父親の写真だった。


「……まさか……これは……」

 マルクスの耳までが赤く染まる。

 アシュリーは柔らかく笑った。

「ふふ……こんな素敵な贈り物、初めてです!」


 その瞳が夜空を見上げる。

「きっとあの子がくれたのですね。――星の精霊の子」


 マルクスも同じように空を見上げた。

 満天の星々が静かにまたたいている。

 そのひとつが、まるでウインクするようにきらり、と光を弾けさせた。


 アシュリーがそっと寄り添う。

 彼は彼女の肩を抱き寄せ低く囁いた。

「……君は奇跡のようなひとだ」


 ふたりの背後では、まだ幾つも灯籠の光が天へ昇っていた。



 灯籠の光がすべて空へ昇りきるころ、広場には穏やかな静寂が戻っていた。

 残されたのは祭りの名残りと、地を照らす満天の星々。


 アシュリーはマルクスと並んで城への道をゆっくりゆっくり歩いていた。

 遠くでは子供たちの笑い声が響き、まだ名残惜しそうに人々が空を見上げている。


「……なんだか、夢のようです」

 アシュリーが囁くように言う。

 マルクスは横顔を見て、穏やかに笑った。


「君が願った通りになったのかもしれないね。

 “誰かの願いを叶えたい”という願いの通りに…」


 アシュリーは頷いた。

「この空に光る星たちは……きっと誰かの想いなんですね。叶わなかったものもいつか光になる。そう考えるとなんだか…ほっとします」


 マルクスは短く息を吐いて、アシュリーの肩を抱き寄せた。銀のマントが二人を包み込み、夜風の冷たさから守る。


「君がそう言うと、本当にそんな気がしてくるから不思議だね」

 彼は小さく笑って続ける。

「……あの写真の少年はきっと今頃照れているよ。あんな顔を見られたのは君だけだから」


「ふふ……緊張している幼いマルクス様、可愛らしかったです」

 アシュリーがくすっと笑うと、マルクスは咳払いをして目を逸らした。耳まで赤い。


「……君は本当に容赦がないね」

「褒めているのです!」

 楽しげなその声にマルクスは観念したように息を吐いた。


 そして、夜空を見上げる。


「――この国の未来もこの辺境も…あの星々のように、誰かの願いが重なって今に繋がっているのだろうね」


 アシュリーは頷きそっとその腕の中に身を寄せた。

「私の願いはただひとつ……マルクス様と歩くこの日々が、この幸せが、どうかずっと続きますようにって」


 マルクスは小さく「約束しよう」と囁き、彼女の額に唇を落とした。


 見上げた空はまだ星月夜の光に満ちている。

 

 ――人が願う限り、光は絶えない。


 そして今日もこの国のどこかで新しい灯が生まれていく。


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