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邂逅と悔恨を抱えて駆けてゆく

 マルクスの不在が確定した翌日。

 辺境の館は重苦しい緊張に包まれていた。


「銀狼はすでに出立の準備を整えております」

 イゴールが低い声で報告する。

「竜も馴致済みです。敵に悟られないよう、高空からの援護に徹するよう命じてあります」


 ケイトも続ける。

「……アシュリー様をお一人では行かせられません。私とイゴールもお供します」


 その言葉に、アシュリーは強く頷いた。

「ありがとう……。必ず、マルクス様を救出しましょう」



 出発の支度を整えたその時。

 思いもよらぬ報せが届いた。


「……お父様とお母様が、こちらに?」


 雪道を越えて現れた馬車の中から降り立ったのは、懐かしい両親の姿だった。


遠い道のりを急ぎ駆けつけてきたのだろう。母の頬はやつれ、父の背中には重い疲労がにじんでいた。


 アシュリーは驚きと戸惑いを隠せなかった。

「お父様……お母様……どうしてここに…?」


 母は娘の名を呼ぶなり、震える手を伸ばしてその頬を包んだ。

「……ごめんなさい、アシュリー。

私たちは……ルーチェをどうしてよいのか分からなかった。

妄想に執着するあの子の闇に気づいていながら、きちんと止めることができなかった。そしてあなたにも……何もしてやれなかった」


 父もアシュリーの肩を抱く。

「陛下から全て聞いた。陛下は長年の公爵家の貢献により、身内は不問にすると寛大なお言葉を頂いた。

…だが、親でありながら二人の娘を救えず、守れなかった。……私達の罪は重い」


 その言葉に、アシュリーの心は大きく揺れた。

「……お父様っ…お母様っ…」


 涙が頬を伝い落ちる。

「私も同じです。何も考えずにルーチェの言う通りに、ルーチェ自身と向き合わずに……」


 無力さを悔やむ声が重なり合った。


 母は嗚咽を押し殺しながら言った。

「私たちは……貴方達二人とも愛していたわ…」


 父もまた深く頷いた。

「そうだとも。心から愛していたのだよ……」


 アシュリーは涙に滲む視界で二人を見つめ、唇を震わせた。

「……私たちはきっと、すれ違っていただけなのです」


 その瞬間、胸の奥で固く凍っていたものが溶けていくのを感じた。


アシュリーは静かに目を伏せた。

恨みはない。ただずっと心のどこかに、寂しさが残っていた。


けれど今、両親が初めて自分に向き合ってくれている――そのことが胸を熱くする。


「……私は大丈夫です。だって、私はアシュリーです 」


涙を拭いながら、答える。

「ルーチェが“聖女”で”ヒロイン”という役を引きずっているなら……。

私は“アシュリー”として生きます。今を全力で生きていきます。…ルーチェは今度こそ、私が止めます」


アシュリー両親はお互いを抱きしめた。長い年月を経てようやく家族として交わされたものだった。



 北の辺境から東の果てへ――。

 果てしなく続く白い平原を越え、黒い森を抜け荒野を越えていく。


 その先にあるのは、かつて初代聖女が祈りを捧げた古城。今は廃墟と化し冷たい風が石壁の隙間を吹き抜けるだけ。


そこにルーチェとマルクスはいる。


 銀狼が低く唸り、竜が空から鋭い鳴き声を響かせる。彼らもまた、主の危機を悟っていた。


 アシュリーは雪に沈む足を進めながら、胸の奥で強く誓った。


(……待っていてください、マルクス様。

必ずお救いします。たとえその後、私があなたの隣を去ることになっても……)


 彼女の涙は吹雪の中でも凍ることはなかった。

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