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元悪役令嬢に銀色の甘い甘い愛が降り注ぐ

 長い道のりを越え、馬車が白銀の大地を進む。

 堅牢な石造りの城壁が見える。公爵家の紋章を確認した様子で、大きな門がギギ…と開いていった。


 雪に閉ざされたはずの辺境は、驚くほど華やいでいる。赤や緑の飾りがお祭りのように城下町全体を飾っている。


 門を馬車が潜り抜ける時、城壁の上から、大量の兵たちが一斉に声を上げた。


「未来の奥様に、祝福を!」


 その手から撒かれたのは、雪のように白い花――〈スノーホワイト〉。


 冬にだけ咲く可憐な花弁が光を受けて銀色に輝く。それは、たくさんたくさんはらはらと舞い落ち、馬車を包み込んでゆく。


 思わずアシュリーは馬車から身を乗り出して手を振った。すると兵たちも嬉しそうに返す。

 

 そんなアシュリー達の馬車に子どもたちは白い花束を抱えて駆け寄り、たくさんの大人たちも笑顔で頭を下げた。


(……私は歓迎されないはず、です)


 ――ルーチェはずっと言っていた。「辺境伯は妻を愛さない」と。その言葉が胸の奥でまだ冷たく残っている。


「……どうして……」

 アシュリーは思わず小さくつぶやいた。

 冷たい視線も、嘲笑も覚悟していた。

 けれど目にしたのは冬の寒さに負けない、温かすぎる歓迎だった。



 城下町を抜け、城へと入った。そして馬車をおり屋敷の扉が開く。

 整列した侍女が一斉に膝を折り、声をそろえた。

「奥様、お迎えでき光栄に存じます」

「どうぞ私たちにお任せくださいませ」


 差し出された手を受け取るたび、アシュリーは胸がいっぱいになる。

 ――公爵家にいた頃さえこれほど手厚く扱われたことはなかった。


(……愛されないはず、だったのに)


 騎士たちは微笑み、最敬礼で彼女の道を見守っている。

 困惑で足がすくみそうになりながらも、彼女は広間の奥へと進んでいく。



 そして、その先に――彼はいた。


 高い天井から降り注ぐ光の下、長身ですっと背筋を伸ばして立つ豪奢なマントを着、シルバーグレーの髪をした壮年の男。

 冬の雪が光に当たったような瞳をアシュリーに注ぐーー辺境伯マルクス。


 アシュリーは息を呑んだ。昔からの憧れの人、そしてこれから…夫になり、アシュリーを疎む予定の人。


 胸が痛いほどに早鐘を打つ。


 ――冷たく突き放される覚悟をしてきた。

 “君を愛するつもりはない”と告げられると。それでも目の前にするとやはり身がすくむ。


 それなのに。


 彼はゆっくりと近づき、微笑んだ。


「……ようこそ、アシュリー。待っていたよ」


 低く落ち着いた声が、広間に響く。

 アシュリーの瞳が大きく揺れた。


「ま、待って……いた……?」


 思わず震えた声に、マルクスは迷いなく頷く。

 そして、そっと彼女の手を取った。指先にそっと口づける。


「君を待ち焦がれていた…」


 真っ直ぐで穏やかな声、そして指先への口づけに混乱するアシュリーの頬が少し熱を帯びた。

 戸惑いに胸がざわつく。


「よく来たね。道中、寒かっただろう?ほら、おいで――私の大切な花嫁…」


 その一言に、アシュリーは一瞬で指先まで真っ赤になった。


 胸がいっぱいで、何も言葉が出てこなかった。



 彼に導かれてアシュリーの私室へ。

 アシュリーの瞳の色とマルクスの色である銀と深緑で統一された美しい壁やリネン類、艶のある黒檀で出来た調度品たち。整えられた暖炉の火が柔らかく揺れている。

 さらにその部屋の奥、重厚な扉の前でマルクスが立ち止まった。


「ここも、見せておこう」


 狼を模った銀の取手を引いて扉を開くと、そこは広々としたウォークインクローゼット。


 壁一面を埋めるドレス――深紅のベルベット、雪のように白いシルク、翡翠を思わせる緑のタフタ…純白、夜の青、夜空の黒。


 燦然と光を受け、煌めいている。


「……すべて、私が選んだよ。君に似合うと思ったドレスだ」


 低く落ち着いた声。

 アシュリーはぼんやりと見惚れた。

 やがて小さく、ぽつりと漏れる。


「……こんなに、たくさんのドレスを持つのは、初めてです」


 マルクスの灰色の瞳が、わずかに剣呑に光る。

「……公爵家よりは少ないはずだが」


「はい。父母は確かに用意してくれました。ですが……妹が自分に似合うものがあると欲しがって、あらかた持っていってしまって」


 淡々と事実だけを告げる。アシュリーは前世からお洒落という概念がそれ程なかったため特に気にしていない。

 マルクスの奥歯が、かすかにきしむ音がした。


「ここでは、君の物は君の物だ。誰にも奪わせない」

 彼は言い切ると、ふと視線を和らげた。

「……アシュリー。君は美しい。どれを纏っても、君が一番…」


 その言葉に胸が詰まり、言葉が出ない。

 気づけばアシュリーは自然に微笑んでいた。


「……マルクス様が、私のために選んでくださったのですね。……嬉しくて、胸がいっぱいです」


 一瞬、空気が止まる。

 マルクスは小さく息をつき、近づいて耳元で低く甘く囁いた。


「そうだね。君のためだけに、選んだ」


 アシュリーの“愛されない覚悟”は、音もなく崩れた。

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