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外伝 辺境伯マルクスの過去③

 育て親の辺境伯は厳しくも愛情深かった。

 勉学も戦術も魔法も、すべて一流を求め、容赦はなかった。しかし、時折ふと見せる微笑みが、マルクスの胸に温かく灯った。


「いいか、マルクス。血が繋がっているかどうかなんて、大したことじゃない」

「人を繋ぐのは、愛情だ」


 孤児で集められたケイトやイゴールをも、辺境伯は分け隔てなく育てた。

 彼らは皆、マルクスにとって“家族”だった。

 深い絆が、辺境で息づいていた。



 若き王――アルザスと出会った時、マルクスはすぐに理解した。


(この人は……私の“兄”なのだと)


 血のことなど知らなくても、彼の眼差しと微笑みがそう告げていた。

 王位に就いたばかりで不安を隠し切れないアルザスの背を見て、マルクスは胸の奥で思った。


(……今、彼を守れるのは、きっと私だけだ)


 それは辺境伯に叩き込まれた教え。

 「愛する者を守れるのは、自分しかいない」――その言葉が、強く響いていた。


 だからこそ、必死で内政を立て直す若き王への侮りで他国からの侵略の火種が広がった時。マルクスはただ一頭の銀狼と共に戦場へ赴いた。


「……兄上を、一人で戦わせるものか」


 その誓いは王弟としての責任ではなく、血を超えて――愛に根ざしていた。



 戦場に現れた“銀狼の若騎士”は、孤高の存在だった。


 銀の鋭い瞳を光らせ、巨大な銀狼と共に敵軍を切り裂く。


 敵兵の群れを前に、銀狼に乗り、剣を奮う。銀狼の咆哮に敵兵は怯え竦む。彼の掌から迸る炎が夜空を赤く焦がし、まるで嵐のように敵を蹴散らしていくその姿は、まさしく戦場の怪物であった。


 圧倒的な勝利。


 だがその影に立つ彼の姿は、あまりにも冷酷に映った。


「怪物だ……」

「人に非ず……」


 兵たちは畏怖と恐怖の目で彼を見た。

 勝利の旗の下に立っても、彼を讃える声はなかった。


 彼はまだ若かったが、辺境で鍛え抜かれた魔法と剣技はすでに誰よりも冴えていた。

 

「……あれが、現王の王弟と噂の……銀狼の若騎士……」

「最早人の姿をした魔物だな……」


 味方の兵でさえ、畏怖を込めて彼をそう囁いた。


 勝利は常に彼と共にあった。だが、踏みしめるたびに残るのは血の泥と呻き声。

 勝者として讃えられるはずのその姿は、次第に恐れと敬遠の対象へと変わっていった。



 戦の合間、一時的に戦火の遠い王都に戻っても、孤独は続いた。


 舞踏会で令嬢たちは彼を遠目には憧れの目で見た。だが、魔物を従え戦に赴く彼に近づく者はいない。


 彼は異質な存在として扱われた。


 美しい見目と明らかに貴い血筋。

 それに惹かれ近寄ってくる令嬢たちの目は、近寄ってくるにも関わらず怯えに曇っていた。


「辺境……魔物……血塗られた戦場の男……」


 彼が口を開けば、笑顔は凍りつく。

 辺境の放牧や農業、魔物との共生を語れば、皆が目を伏せた。

 

 彼自身を受け入れる者はいなかった。

 だが、婚姻の話は舞い込んでくる。


(……愛のない婚姻など、母と同じ道ではないか)


 母は政略の犠牲となり愛のない結婚で心をすり減らしていたのだろうとは思う。しかし、行ったことは非道だ。


 自身の実子の存在を知らず、いくら政略結婚とはいえ妻の死にも立ち会うことを許されなかった血の繋がった父。


 そして国王である父の死後、重責の中で母が死を目前にして自分を残して去った真相を知らされた兄。


 二人は単に犠牲者である。彼はその点において心底、母を軽蔑していた。


 だからこそ、マルクスは誓った。


 ――自分は、愛のない婚姻はしない。

 ――愛した者とだけ、生涯を共にする。


 しかし、その誓いは同時に孤独を意味していた。

 「血塗られた若騎士」として恐れられる限り、寄り添ってくれる人など現れないのだと。


「魔物と心を通わせるなど、恐ろしい」

「血塗られた手に触れれば、呪われる」


 そんな囁きが、彼の耳に突き刺さった。



 夜、王宮の庭を一人歩く。

 隣にいるのは、戦を共にした銀狼だけ。


 その温かな毛並みに触れながら、マルクスは思った。


「……私は母のようにはならない。」


 辺境伯の言葉を思い出す。

 血よりも、愛こそがすべてを繋ぐのだと。


(……私は、あの人のように生きたい)


 心の奥で、マルクスは決意する。

 ――いつか辺境を、魔物を、そして自分をも愛してくれる者が現れたなら、その時だけ婚姻を結ぼう。


 それまでは、“銀狼の若騎士”として。

 孤独を抱き、愛する兄アルザスを守り続けよう、と。

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