第5話 二度目のお断り
「いや、断るし」
「…………は?」
俺は手を伸ばすアリアに向けてびしりと手のひらを突き出し、NOを突きつけた。
「断る……? わかっているでしょう? 世界中の軍隊が解体されて、第二銀河帝国の本星と行き来が容易になる。そうなったら本格的に帝国人たちは侵略活動を本格化するって!」
「本格化って……何をするんだよ? もうすでに地球はその帝国人たちの手に落ちてるんだぞ? それなのにこれ以上何をしようって言うんだよ?」
「奴隷にされますよ! そしてひどい目にあいますよ!」
「もうすでにされているようなものだし。それに俺より年上のオヤジ世代の話を聞くと、日本は不景気に入り始めであんまり生活が変わらなかったっていうし、ひどい目って地球人が支配しててもあまり変わらないっていうか……そんなもんだろ。もともと庶民には奴隷みたいな生活しかない。生かさず殺さず。上の人間から搾取され続けるような」
「そんな現状を……変えたいとは思わないんですか?」
「俺が?」
「はい」
アリアの背後の巨大ロボットを、〈ガンフィスト〉を見上げる。
「このロボットを使ってか?」
「はい」
「……嫌だよ。カッコ悪い」
「え? か、カッコ悪いですか?」
予想外の言葉だったようで、アリアの肩がガクンと下がる。
「カッコ悪いだろ。俺の歳、もう35歳だぜ? 完全に中年になっちまってる。そんないい年したおっさんが今更ロボットに乗って正義の味方気取りか? できるわけないだろ。そんなみっともない真似」
「みっともないかどうかは関係ないでしょ⁉ 戦わないと世界が滅びるんですよ⁉」
「滅びるわけないだろ? そんな効率の悪いことはしない。第二銀河帝国の奴らは〝労働力〟が欲しいんだろ? だから地球を支配した。第二次世界大戦が終わった時のアメリカの日本統治と同じようなもんだ。滅ぼしたりしない。それよりも自分たちのいうことを聞く忠実な犬にした方が遥かに利益になる。それに第二銀河帝国人は賢い。賢いから俺達に対して厳しい行動制限や言論統制なんかしたりはしない。そんなことをすればイギリスの植民地時代のインドやナチスに支配されたフランスのように各地で反乱が起きて効率よく働いてくれない。無理やりの締め付けは逆に生産効率を下げることに繋がる。そのことを奴らはよくわかっている」
「適度に自由があるから、ハル様は反抗をしないと? どんな屈辱も甘んじて受けると⁉」
「俺はな、アリア。毎日三食飯を食えて、適度に休めて、毎日今季やっているアニメを見て、そのことについて友達と語れて、たまにそいつと遊びに行けるような生活があればそれでいいんだ。それだけでいい。今更何か意見を持って、行動を起せるほど元気じゃない。もう俺は歳をとりすぎたんだよ」
〈ガンフィスト〉とアリアから目を逸らす。
あまりにも言っている言葉が自虐的すぎて、いいながら自分でも凹んできた。
だが、それでもついつい今まで思っていることを吐き出したい時がある。
この感情は何なんだろうか。
俺を可哀そうと思ってくれ———と相手にわからせたいと強く思うこの感情の名前は何なんだろうか……。
「アリア。いつかいつかきっと———って俺も、何かを成せると思っていたよ。だけど、ボーっとしているうちに〝きっと〟で終わっちまった……全てが今更なんだよ。今更俺の前に現れたところで、もう、遅い。主人公にふさわしい代わりのイケメンのパイロットでも探すんだな。十代で若くて、熱血漢のガキを」
ああ———悲哀だ。
俺はただひたすらに悲しいのだ。今の自分が悲しいのだ。そんな悲しい気持ちを相手にわかって欲しい、共感して欲しいのだ。
情けねぇ……。
「35歳になってロボットに乗って戦うとかそんな情けないことできねーよ」
「私は———!」
「悪ぃな。俺はダサくてみっともないこと、しない主義なんだ。それじゃ……」
それからアリアは声を張って何かを言っていたが、俺は聞いていなかった。
聞こうとしなかった。必死で頭の中で「もっと早く来ていれば」とか「いやそれでもどうせ俺なんか」という言葉を大声でかき鳴らし、アリアが何を言っているのか、耳で聞いても脳には届かないように、理解ができないように心を閉ざした。
そして、アリアと〈ガンフィスト〉を完全に無視して通り過ぎ、俺は自宅のアパートの階段を上り、賃貸の部屋の鍵を開けて中へと入った。
アリアの声はもう外から聞こえない。
しばらくするとゴオッという音が聞こえ、そーっと自宅の扉を開けて外の様子を伺うと、もうそこに巨大ロボットの姿はなかった。