第2話 現在、宇宙人の支配下でも、普通のサラリーマン。
「はい、お電話ありがとうございます。クリーン&ピュアウォーター、カスタマーセンターの浅井でございます」
ビルの一室で少し高い声を出して電話を取る俺。
その部屋の中には他にも「はい、お電話ありがとうございます」とマイク付きのイヤホンをつけて電話をとっている人たちが並んでいる。
コールセンターだ。
「はい、弊社のウォーターサーバ―の不具合ですね? 申し訳ありません。現在ご使用のウォーターサーバーはどのような異常がみられるのでしょうか?」
過剰なまでの敬語。
本当はこんな口調で会話なんてしたくもないが、コールセンターの仕事なのだから仕方がない。30過ぎてもろくに資格も取らずひたすらバイトをして生活をしていたフリーターが今更正社員になるには、こんな仕事ぐらいしかなかった。
『うっせぇな‼ いいから壊れて床がびしょびしょになったから弁償しろって言ってんだよ!』
電話口の向こうの男が乱暴な口調で吠える。
「申し訳ありません……! ですが、その壊れた不具合というのを……!」
『うるせぇ! 壊れたもんは壊れたんだよ! もしかしててめぇお客様のいうことを疑ってんのか⁉ お客様は神様だろうがよ!』
「おっしゃる通りでございますが、それでも弊社としては……」
クレーマーだ。
滅茶苦茶なことを言って金をせびろうとする悪辣な人々。それでこちらが金を払うことはほぼないが、それでもこういう輩は絶えない。本気で金をむしり取ろうと言う気はないんだろう。
「申し訳ありません。申し訳ありません……」
だが、こちらは商売をしている以上、下手に出るしかない。
そういう人間をひたすら罵倒してストレス解消したい。
こういう輩には恐らくそういう心理が働いているのだろう。
月給18万円。
これだけ精神をすり減らして、述べたくもない謝罪の言葉を述べてももらえる給料はそんなもんだ。
35歳にもなって、これだけしかもらえない。
同級生はもっといい会社に入って、高い給料をもらって、嫁さんを貰って、子供もいるっていうのに。
いつからだ。
どこで俺は人生を間違えた?
あのロボットと公園で出会った時か?
あの時、宇宙人と戦いを決意しなかった時か?
「関係ないか……」
『あ? 何が関係ないって⁉ テメェウチの床がびしょ濡れになった事と、俺がウォーターサーバーを殴り飛ばしたことが関係ないって言いたいのかよ!』
「あ、いえ決してそういう意味では……!」
そう、関係ない。
宇宙人に地球が侵略されていようがされていまいが、ほとんどの地球人は普通に生きているし、普通に給料を貰えている。普通に子育てができている。
俺がこうなっているのはロボットに乗らかったからでも、宇宙人の支配を受け入れたからでもない。
俺が、何もしなかったからだ。
◆ ◆ ◆
数時間後———夕刻。
「あ~……疲れたぁ……!」
東京、新宿の薄暗い路地の上。俺は仕事から解放された喜びで伸びをする。
パルコ前広場から東へ伸びる大きな通り。人通りが多くて華やかな店も立ち並び、有名な店は伊勢丹デパートだろう。
その通りの裏路地を進んで一階に居酒屋がある細長いビルが俺の職場、クリーン&ピュアウォーターサーバーコールセンター支部だ。
ここに俺は四年も働いている。
「お疲れ様です~浅井さん」
居酒屋横の階段からポロシャツの男が出て来る。
「ああ、お疲れ様です! 時田さん」
時田栄一、33歳。
俺と同じような経歴でコールセンタ―の正社員になった同期の男だ。彼の方が年下ではあるが、会社の同僚ということで互いに敬語を使っている。
「浅井さ~ん。これからちょっと飲みに行きません?」
「ああいいですよ。どうせ用事もありませんし」
互いに敬語を使う間柄ではあるが、時田さんは会社の中で一番仲のいい男だ。友人とまではいかないが、連絡先は交換しているし、ゲームのフレンドにもなっている。まぁ気が合うのだ。同じようにゲームやアニメや漫画が好きで、世代も同じような世代だし、飲みながらそのことについて話すのが一種の癒しになっていた。
そんな時田さんと並んで夕方の新宿の街を歩く。
「それにしても、何も変わりませんでしたね」
そんなことを唐突に時田さんが言ってくる。
「変わりませんでしたって?」
時田さんが空を指さす。
そこには二等辺三角形の形をした、宇宙軍艦が浮いていた。
第二銀河帝国の地球統治東京支部———と呼ばれる軍艦だ。正式名称は別にあるのだろうが、果たしている機能がそのまま呼び名になって定着してしまった。
その東京支部から漁船サイズの小型船が五隻ほど発進し、地上へ向けて降下している。
あの船には恐らく第二銀河帝国人が地球人から巻き上げている税や、本星から来る貴族たちをもてなすリゾート地の建設の話し合いでもしているんだろう。
「宇宙人の宇宙船が常に空にあるっていうのに。別に俺たち地球人は奴隷に成ったりもしていないじゃないですか」
何故だか時田さんは不満そうだ。
「いいじゃないですか。奴隷になって酷使されてぼろ雑巾のようになって死ぬのは俺は御免ですよ。なんだかんだで宇宙人は話の分かる奴で少し重たい税金と、宇宙人用の土地を与えるだけで満足してくれているじゃないですか。それだけで済んでいるじゃないですか」
収入の一パーセント。
それが宇宙人税として給料から引かれている。
所得税が増えたようなもの。それが宇宙人に地球が支配されて俺達庶民にかけられた最も大きな負担だった。
その程度のものだった。
「いや! もっとデカいことをやってくれないと張り合いがないじゃないですか! もっと毎月若い娘を一人生贄に捧げろ! ぐらい宇宙人が要求してくれないと、こっちが反逆のし甲斐がないっていうか……」
「なんですかそれ? ていうか、時田さんは宇宙人に対して反逆したいんですか?」
「当たり前ですよ! 地球は地球人がちゃんと守らないと! 宇宙人に支配されて管理されるのは、やっぱり気分が良くないじゃないですか!」
ブンブンと手を振る時田さん。
だが——、
「あ、モモ・リインフォース姫だ♡」
ビルの上の巨大なテレビモニター。
そこには胸の大きな悪魔の羽を生やした超絶美人の女が映っていて、新作の炭酸飲料の宣伝をしていた。
露出度の高い、ビキニのような恰好をした黒髪の彼女は宇宙人、フォーチュン星人だ。彼女は宇宙人でありながらも、そのあまりにもの美貌から、地球人すら目をくぎ付けにして、いろんなCMやテレビ番組に出ている。
さながらサキュバスのような女、それがモモ・リインフォースという第二銀河帝国の外交官の名前だった。
そんな彼女に対して、先ほど威勢のいいことを言っていた時田さんも目をハートの形にしてときめいている。
「なんだかなぁ……変わらないな。地球人って。慣れるもんなんだよな……」
そんな地球人の適応力の高さにあきれるやら、関心するやら、とにかくそのまま俺たちは行きつけの飲み屋へと向かった。