第10話 三顧の礼
会社が終わり、時田さんとの飲み会を終えて帰って来た俺を待っていたのは巨大ロボットと天使だった。
「浅井ハル様。また、来てしまいました」
「アリア・アテリアル……」
天使の翼を生やしたフォーチュン星人、アリア・アテリアルは胸に手を当てて潤んだ目で俺を見つめている。
「ニュースを、見ましたか?」
「ああ……」
「では、今度こそ乗っていただきますね? 〈ガンフィスト〉に———」
どうして……どうしてこいつはそこまでするんだ?
俺はこんなにも情けなくて意気地がないのに。
何もできないただのオッサンなのに。
何もしてこなかった、普通の男なのに……。
「悪い。やっぱりどうしてもわからない。どうしてもその〈ガンフィスト〉に俺が乗らなければいけない理由がわからない」
「理由……ですか?」
「ああ、正直に言う。俺はふさわしくないと思う。お前が俺のことを勇者と呼んだがそもそも俺は特別な人間じゃない。あの夏。二十六年前の夏にお前と出会って、〈ガンフィスト〉を見て、勇者だっておだてられて多少は自分が特別な人間だと思い込んだ時期は会ったさ。だけどさ。そんないきなり勇者だなんて呼ばれたら、俺の父ちゃんとか母ちゃんとかが実はフォーチュン星人だったとかありそうじゃん? だけどなかった……普通の家系だった」
医者をやっている父さんも、教師をやっている母さんも、頭は良かったが家系は普通だった。家系図はしっかりと残っていて、父方の家系は一応武家の末裔。母方の家系は農家の家系。おじいちゃんおばあちゃんも生きていたので、しっかりと父と母の子供のころから今までの話を聞けた。普通の人間の人生だった。写真もあった。実は空から降って来たカプセルの中に入っていた赤ん坊とかでもなかった。
「俺はどこまでも普通の地球人で、特別な才能なんてない。そんな俺が勇者に選ばれる理由がない。昔、アリアを助けたとかそういう記憶もない。何もしてこなかったんだよ。だから、やっぱり俺には資格がない。もっとふさわしい、ちゃんと頭も良くて身体能力もある奴をパイロットにした方が良いさ」
「そんなに逃げたいんですか?」
随分と……ぐさりと胸を突くことを言ってくれる。
「ああ、逃げたいさ。俺は何も責任を持ちたくない。こんなもの乗ったら責任を問われるだろ?」
俺は〈ガンフィスト〉を見上げる。
「確かに、今日本人は皆ピンチだよ? 強制移住なんて勧告されて、一週間以内に国を出て行かなきゃいけない。だけど、それを皆受け入れている。従っている。日本人らしいよな。上から言われたことを文句いわずに粛々とやろうとするんだから。美徳だよ。そんなみんなが同じ方向向いている時に、もしもだよ? 俺だけ逆らって暴れてさ。そしたら宇宙人たちが関係ない人を〝連帯責任〟つって殺しちまう可能性がある。そうなったら俺は責任取れない。俺のせいで人が死んじゃったら……普通はそうなんだよ。そんなことを考えて誰も戦おうとはしない。戦わずに運命を受け入れる。それが賢い選択なんだよ」
「賢い選択ですか……このままハル様は故郷を捨てなければいけなくなってもですか?」
「それでも生きていける。命を取られるよりはマシだ。移住先はちゃんと保証されてるし、そこで頑張ればいい、」
「———いいわけないでしょッッッ‼」
突然、アリアが声を荒げてびっくりして肩を震わせてしまう。
コイツ大声を上げることができたんだと、俺は心を委縮して、それでも彼女から目を逸らすことはできなかった。
「ハル様! あなたわかっていませんよ‼ 安全ならそれでいい。死者を出さなきゃいいって問題じゃないんです! 帰る家を失くすのがどれだけ寂しい事なのか! 知らない土地に放り出されるのがどれだけ不安な事なのか! あなたわかってますか⁉ 死ななきゃいいってもんだいじゃない! 生活の保障の問題でもない! 故郷を失くすってことは今までの普通の生活を、大事な思い出ごと失くすってことなんですよ!」
「故郷……」
俺はそこまで遠く離れているわけではない地元の街を思い出した。
電車で一時間ほどで帰れるが、最近帰っていない。
大学進学のタイミングで街を離れて、時折帰ると変わったり、変わっていなかったりした。
その変化に出会うたびに「嫌だ」と思う感情が沸き上がっていたけれども、あと一週間経てばその嫌悪感すら抱けなくなる。
それはとても悲しい事だ。
「行きましょう! ハル様! 何もしなかったら、皆の帰る家がなくなるんです」
「アリア……お前まさか……お前自身が……」
尋ねようとした時———空にカッと閃光が光った。
そして遅れてドオンッという爆発音が巻き起こり、スマホがヴァ―‼ ヴァ―‼ ヴァ―‼ とけたたましい音を鳴り響かせた。
【緊急空襲警報:東京新宿区に爆弾が落下しました。近隣の方は近くの学校の避難シェルターまで避難をお願いします】
「空襲……警報……」
そんなもの、絶対に使われないと思っていた。
だが、数キロ程度離れた場所で煙が黙々と上がり、空をYの字型の飛行機がいくつも飛んでいた。
飛行機からパラパラと米粒のような物体が———地上へ向けて投下されている。
———爆弾だ。