ドレイク家の苦悩(1)
貴族たちとの会談から数日後、私はドレイク家の門の前に立っていた。
冷たい風が頬を撫でる。重厚な門扉の向こうに広がるのは、貴族らしい優雅さと、どこか閉ざされた空気。
数日の間に集めた情報が脳裏をよぎる。この家にも、秘密がある。それを暴く時が来た。
「ロゼリア・ケイ・ライオネル様ですね。当主がお待ちしております」
「ええ、わざわざお時間を取っていただき感謝いたします」
執事に迎えられ、応接室へと案内される。格式高い名家の応接室にしては、意外にも質実な趣だった。
静かに視線を巡らせる。床には古いが見事な模様のカーペットが敷かれ、壁には伝統を感じさせる肖像画が整然と飾られている。確かに高級な調度品ばかりではあるが、どれも時代を経たもので、新しく金をかけた派手な装飾は見当たらない。
(浪費家という噂の割には、目立った華美さはないのね)
そう思うと同時に確信を深めた。装飾品に大金を注いでいるわけではないのなら、浪費とも言える金はどこに消えているのか……。私は観察を止め、目の前の男に意識を向ける。
「ようこそお越しくださいました」
挨拶と共に微笑んだのは、ジークフリート・ダ・ドレイク――ドレイク家の当主にして、『浪費家』の噂を持つ男。四十代半ばと見られる彼は、かつては武人であったのだろう。広い肩幅に、適度に鍛えられた体躯。その顔には疲労の影が滲んでいた。
「ドレイク伯、お時間を割いていただき感謝いたします。ロゼリア・ケイ・ライオネルです。領主代理として、市場の流通状況についてお話を伺いたく、こうしてお訪ねしました」
私が静かに礼を取ると、ジークフリートは軽く頷き、手で椅子を勧める。彼自身も向かいの席に腰を下ろした。
「ドレイク家は長くこの街を支えてこられた名家と伺っております。貴族の皆様のご協力なくしては、市場の発展も、ひいてはダイダリーの未来も築けません。本日はどうか、率直なお話をお聞かせいただければと思います」
「率直に、ですか」
ジークフリートは低く笑い、手元のティーカップを軽く揺らした。琥珀色の液体がわずかに波打つ。
「市場の流通状況――確かに近頃は動きも速くなり活発になっていると聞きますが」
「ええ。ドレイク伯もそれに関心を?」
「貴族として当然のことですよ。我が家でもより良い品を手に入れるのは重要ですからな」
彼の口調は穏やかだったが、その眼差しにはどこか慎重な色があった。浪費の真実――それを探ろうとする私の意図に、すでに気づいているのかもしれない。
「より良い品、ですか。確かに、食材や薬は命に関わるもの。どれだけお金をかけても惜しくない、そう考える方もいらっしゃるでしょう」
私がそう返すと、ジークフリートは僅かに視線を伏せた。その一瞬の沈黙が、答えの代わりだった。
(やはり、当主夫人の……)
「領主様は、何をお知りになりたいのです?」
やや低めた声が、静かな応接室に響く。
「単刀直入に申し上げます。ドレイク家が近頃、特定の商人と頻繁に取引をしていると伺いました。その中にはアルヴィン家ともつながりのある者が含まれています」
ジークフリートの指が、一瞬だけ止まる。
「それが何か?」
「もちろん、個々の取引を咎めるつもりはありません。ただ、領主として市場の公平性を守る責務がありますので」
私の言葉に、彼は短く息を吐いた。
「……なるほど、貴族として市場を守るお立場、か。誤解なきよう申し上げますが、我が家の取引に不正はありません」
「信じております、ドレイク伯。だからこそ、お話を伺いたいのです」
彼はふっと小さく笑った。それは皮肉めいた笑みではなく、どこか苦々しさを含んだものだった。
「……領主様、あなたは随分と鋭いお方のようだ。いや、ある意味では厄介な方だ」
ジークフリートは苦笑し、カップを置いた。
「大方、情報も手に入れた上でここにいらっしゃったのでしょう?」
その声音には警戒と、わずかな諦めが滲んでいた。
私はカップに指を添えながら、静かに微笑む。
「……ええ。その通りです」
返事をしながら、数日前の出来事を思い返す。
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ドレイク家に関する情報を得るため、私はまずギフティオの縁から表の市場の商人たちを訪ねた。彼らは、最近特定の高級食材や薬が異常なほどの高値で取引されていることを語った。
「ドレイク家が買い占めているって噂ですよ。貴族の中でも特に熱心に買い漁っているとか……」
そう話したのは、古くからの商人だ。
「でも妙ですよ。確かにあの家は格式ある名門ですが、贅沢品にはあまり手を出さなかった。なのにここ数年で急に珍しい薬だの希少な食材だのを競って買うように……浪費家の噂もそこからです」
(ただの浪費ではない……侍女達の噂、ドレイク家の当主夫人がお体を病んでおられるというのは本当のようね)
さらに詳しく調べると、ドレイク家と取引している商人の中に、アルヴィン家とつながる者がいることも判明した。高額な薬品の供給元を探るうちに、アルヴィン家経由で特定のルートが動いていることが見えてきたのだ。
(アルヴィン家の影がここにも……)
そうして確信を持った私は、正式な訪問の場を設け、直接ドレイク家の当主に問いただすことを決めたのだった。




