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貴族の影を追って(2)

 次の動きは決まった。私はティーセットを片付けるヒルダに声をかける。

「…………商会に行って、もう少しドレイク家の情報を探ってみるわ。ヒルダ、その間にあなたも、」

「他の家で働く侍女達の話を聞いてみますね。侍女の情報網、と言うのも侮れませんよ?」


 主人の求めを察してこそ一流の侍女、ということか。私はヒルダに感謝しながら調査を依頼する。貴族の屋敷がある区域は固まっているし、私が戻るまでには情報が集まることだろう。一体どんな話が出てくるのか……そこにクレイヴと繋がるものがあればいいのだが。


 私は商会へと向かう前に、まず衛兵の詰所へと向かった。ライルにも頼れと言われたことだし、遠慮なく甘えさせてもらうことにしよう。


「ライルかオリバーはいるかしら?」

「りょ、領主様!? は、はい、衛兵長は訓練中で、オリバー副長は事務作業を」


 畏まる衛兵に門を開けてもらい、詰所へと足を踏み入れる。訓練所の方からライルが衛兵に喝を入れる野太い声が響いていた。詰所内ではオリバーが作業中だったが、私に気付くとすぐに立ち上がる。


「ロゼリア様、何か御用でしょうか?」

「ええ、少し調べたいことがあって。貴族街のことなんだけど……」


 私が貴族の動向について調べていると伝えると、その辺りを担当する衛兵から話を聞いてくれることになった。他にも怪しい動きがないか調べると言ってくれたので、安心して任せることにする。他にもいくつか情報を交換していると、彼は少し肩を落として沈んだ表情を浮かべた。言いにくそうに「その……」と切り出すも、次の言葉が続かない。私が静かに待っていると、彼はぽつりと呟いた。


「…………ダリルについて、聞きました」

「……ごめんなさい。領主としての、力不足だわ」

「いいえ、どんな理由があっても欲に目がくらむなど衛兵としてあってはならないことです。ただ、あれから中犯罪者区域を捜索したのですが見つからず……」


 ダリル。衛兵の貴重な物資であるスクロールを横流しして中犯罪者区域に送られた元衛兵。しかし今彼の名はそれ以上の意味を持っている。クレイヴと直接取引し、そして消された――ダイダリーの闇が生んだ、犠牲者。私は零れ落ちた命を前に俯くことしかできなかった。彼のような人間を出さないために、私はダイダリーを変えなければならない。それが、領主としての務めだ。


「今のダイダリーは何が起きるか分かりません。護衛を付けますので、どうかお気を付けを」

「ありがとう、オリバー」


 護衛を付けると大げさになってしまうとも思ったが、彼の善意は断れない。私は二人の衛兵を従え、商会へと向かった。


(やっぱり目立つわね……商会の反応はどうなるかしら)


 衛兵を二人も連れていくのは領主が歩いていますと宣伝して回るようなものだ。案の定街を歩くだけでちらほらと人々の視線を感じる。クレプス商会へと向かう道すがら市場も通ったが、この状態で話を聞くのは難しそうだった。商人たちは明らかに衛兵の存在を意識し、警戒するように口を閉ざしている。中には商品をしまい、目に付かないよう隠れるものもいた。


(これでは話にならないわね……)


 しかし商会なら、ある程度は情報を得られるだろう。それが表向きの情報だけでも構わない。そこから見えるものもあるはずだ。私はもう一度聞くべきことを整理し、商会の門を叩いた。


 クレプス商会の扉を押し開けると、空気が少しひんやりとしていた。商談の合間なのか、店内は落ち着いた雰囲気で、帳簿をめくる音と筆を走らせる音だけが響いている。


 以前応対した管理人の男は、カウンターの奥で書類を整理していた。私の姿に気づくと、彼は穏やかな笑みを浮かべ、ゆったりとした動作で帳簿をパタンと閉じた。


「これは領主様。ようこそいらっしゃいました。本日はどのようなご用向きで?」


 私は店内をざっと見渡し、人の少ないことを確認してから口を開いた。


「最近の取引について、少し気になることがあるの。特に……貴族街の方面で」


 貴族街、と口にした瞬間、管理人は微かに目を細めた。手元の書類を一枚めくる仕草は慎重で、しかしどこか芝居じみている。


「貴族街ですか。皆様とは長いお付き合いをさせていただいております。もっとも、私どもはただの商人ですから、公正な取引しかいたしませんが」


 言葉と同時に、彼はゆっくりと微笑んだ。まるでこちらの出方を楽しむかのような表情だった。


(クレイヴを抱えていた商会が、よく言うわね)


 喉元まで出かかった皮肉を飲み込み、私は問いを続けた。


「それは結構なことね。ただ、公正な取引の中にも、妙なものが紛れていることはないかしら?」

「さあ……当商会の帳簿には、問題のある取引は一切ございませんよ」


 彼はそう言いながら、先ほど閉じた帳簿の表紙を指で軽く叩いた。まるで「どこにも証拠はありませんよ」とでも言いたげな仕草だった。


(そうでしょうね。問題のある取引を帳簿に載せるわけがない)


「ただ……領主様が本気で何かをお調べになるというのなら、一つだけ申し上げましょう」


「……何かしら?」

「最近、ある取引が妙に『速い』のです」

「速い?」

「通常なら時間のかかる物資が、驚くほど短期間で流れていく。これは何を意味するのか……ご想像にお任せします」


 言葉の最後に、彼は意味ありげな微笑を浮かべた。


(回りくどい言い方ね。だけど……確かにこれは重要な情報かもしれない)


 私はもう一歩踏み込むことにした。


「物流が速く……それは、どういう仕組みで?」


 私が問い詰めるように尋ねると、彼は肩をすくめた。


「特に不思議なことはありませんよ。都市が落ち着きを取り戻しつつある証でしょう。商人たちが努力を重ね、交易の流れを整えた結果かと」


(そんな綺麗事を誰が信じるというの)


 表情には出さず、心の中で嘲笑する。だが、しつこく食い下がるのも悪くない。


「具体的には?」


 すると、管理人は少し困ったような笑みを浮かべた。


「そうですね……例えば、以前は貴族街への物資はそれぞれの商人が個別に手配していましたが、最近はまとまった荷が一括で運ばれるようになりました。それにより、手間が省け、結果として速くなったのです」


「……それを取り仕切っているのは?」


 彼はわざとらしく考え込むような素振りを見せた後、静かに答えた。


「さあ、各貴族による手配ですので、どの家がどの商人と契約しているかまでは存じませんな。ただ……」


 彼は言葉を切り、ちらりと私を見た。


「貴族の方々が交易に関して信頼を置いているのは、やはりアルヴィン家でしょうな」


 アルヴィン家――ルカから情報を得られなかった家。


(やっぱり、ここが絡んでいる……)


 私は管理人の表情を見据えながら、次はどう動くべきか考えを巡らせた。

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