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夫が死んだ(3)

 皆がそれぞれの仕事に戻り、私も領主としての職務を果たすべく立ち上がる。シグベルはまだ帰ることなく屋敷の様子を見守っていた。どうにも居心地が悪い。何か声をかけるべきかと迷っていると、いつの間にか傍に立っていたレインが耳元で小さく囁いた。思わず飛び上がりそうになる体を抑え込む。気配を消して淑女の後ろに立つんじゃない!


「これでロゼリア様も皆と同罪ですね」


 怒りをこめて振り向くとレインが笑った。口元こそ弧を描いているが、何も面白いと思っていないようなぞっとする顔だ。


「身体活性魔法があなた固有の魔法だ。普通であれば対象者に活力を与えるだけですが、体内に毒があればその成分をも活性化させてしまう」


 そんなことは知らなかった。確かに倒れたルーディックに触れた際生きていると思って咄嗟に魔法を使ったが、それが悪かったと言いたいの? 死に至る最後の一押しは私だと責める気なのか。真意を問うべくレインを見上げる。彼は不気味な表情を一切変えずに言葉を続けた。


「無知は罪、と言うでしょう」


 『ならば罰は何でしょうね?』――それだけ言い残して彼は立ち去った。屋敷の隣が診療所なので、そこに戻ったのだろう。はぁ、と私はため息をついた。罰などもう決まっている。この状況そのものが、私にとっては辛く苦しい罰であった。


「レインの言うことは気にしなくてもいいですよ。彼は少しばかり意地悪なのです」

「シグベル様……」

 

 罰の一つとも言える男は優雅に紅茶を飲み始めていた。人の家でくつろぎすぎでしょと思わなくもないが、慰めてくれるようなので余計なことは言わない。


「彼が本当に死んだのは棺の中ですから」

「…………はぁっ!?」


 おっと、淑女らしくない声が出てしまった。シグベルにも静かにするよう身振りで注意される。一体誰のせいだと思っているのか。納得がいかず彼を睨むと、シグベルは穏やかな顔で語りだした。


「料理の毒、遠き帝国の葉、レインの薬。それらすべてが重なり合い、ルーディックの意識を刈り取った。そこにあなたの魔法が重なり、彼は一時的に仮死状態となったのです」


 最後に見たルーディックを思い出す。私がつい魔法を使ってしまうくらいには生きているように見えた老人の顔。あの時は本当にまだ息があったのだ。それを死んでいると言ったのは医師のレインで、教会に葬儀の手配をしたのは執事のテオドア。それ以降は皆が皆、ルーディックが死んだものとして動き始めた。もちろん、私も含めて。


 気付くタイミングはあったはずだ。棺に横たえた彼の血色、触れた手の温度、呼吸の有無。それを全員が見過ごしたのか? そんなことがありうるとしたら、ミスではなく明確な悪意だろう。それも複数の人間のものが絡まりあった。背筋を嫌な汗が伝う。


「仮死状態は葬儀の最中も続き、目覚めることなく彼は土に埋められました。死後アンデッドになるのを防ぐため棺の上から杭を打つでしょう? ルーディックの直接の死因はそれです。……安らかに眠るには、少々恨みを買いすぎましたね」


 開いた口が塞がらなかった。シグベルの話が本当なら、葬儀の後のすべてのやり取りが茶番になる。一体何を考えているのか。ただでさえ読めない彼の思考がますます分からなくなる。誰が何をどこまで把握した状態で、ルーディックは死んだのだろう。


 夫の死について何一つ解決していなかったこと、自分の魔法が原因の一つになってしまったこと……それらの事実にただ愕然とする。こうなる前に逃げ出すべきだった、と後悔してももう遅い。もう私は領主になってしまった。既に都市と市民に対する責任が発生している。


「なぜそれを今私に?」

「『秩序が崩れれば、真実を知る者も口を閉ざす』。最初は裁きによって安定を得られるかと思いましたが、神によるとそうではないようで……今は混乱を鎮めることを優先すべきだと」


 あれだけ威勢よく殺人者を裁くと言っていたのに、『神』の一言でそれを変えてしまうのか。これだから神士は理解できない。自ら仕える神を絶対とする、奇妙な存在。ここに来るまではあまり縁のない存在だったのでどうにも戸惑ってしまう。


 私の困惑を受け止めるように、彼は綺麗に微笑んだ。


「すべてはこの都市のため。期待していますよ、新しい領主様。あなたが責務を果たせぬなら……また、次のライオネルがやってくるでしょう」


 そう告げて彼はようやく屋敷から去っていった。シグベルの白い背中を見送りながら胸に誓う。


(…………ここでは、誰も信用しないようにしよう)


 一歩間違えれば、次に杭で打たれるのは自分なのだ。

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