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選択の日(2)


「北東の遺跡に行かれると聞きました」


 準備の合間、休憩を兼ねたティータイム。口を開いたのは執事のテオドアだった。静かに湯気を立てる紅茶の香りが、妙に現実離れしたもののように感じられる。彼の声には、微かなためらいが滲んでいた。


「遺跡について、何か知っているの?」


 私が問い返すと、テオドアはカップを手にしたまま、一瞬だけ言葉を飲み込んだ。そして、やや硬い表情で静かに口を開く。


「……王国が大戦を経て法を改めるより前のことです。死刑という罰があった頃、監獄と処刑場を兼ねていた場所があの遺跡だと」


 窓から差し込む陽の光が、白いクロスを照らしている。けれど、その温もりはどこか遠く、皮膚の上をなぞる冷たいものがあった。


「かつては罪人の絶叫が絶えなかったと言われています。最近でも通りかかった者が、この世のものとは思えぬ叫び声を聞いたという話もありまして」


 ティーカップを持つ指に、無意識に力が入る。淡々とした語り口にもかかわらず、テオドアの声音にはわずかな緊張が滲んでいた。遺跡に刻まれた過去が、ただの伝承では済まないのだと語っているようで。


「それは……恐ろしい話ね」


 呼吸が浅くなるのを自覚しながら呟くと、テオドアは真剣な眼差しを向け、静かに頭を下げた。


「どうかお気を付けください、ロゼリア様」

「ありがとう。他に、遺跡について知っていることはない? 噂程度でも良いのだけれど」


 テオドアは「そうですね……」と呟いたあと、少し間を空けてから続けた。


「かつてあの遺跡で処刑された者達の遺品が、『呪いの品』として発見されることがあったようです。神の下で清められた物もあれば……呪われたまま、姿を消したものもある、と」


 もしかして、これもそうなのかしら。私は昨夜散々暴れ回った木箱を見る。あの叫びは、罪人達の断末魔だったのかもしれない。開けて、開けて、ここから出して……。そんなことを想像するだけで鳥肌が立つ。


 それに、ヴィオラ様を呪った首飾りもだ。あれは元々呪いの品として作られたようだが、遺跡から見つかる物や影の市で出回るような品と無関係とは思えなかった。


 ダイダリーの闇は、計り知れないほどに深い。そしてクレイヴはその暗がりを好んでいる。影の市に流れる呪いの品は、彼らの手によって意図的に広められているのかもしれなかった。


「では、私も遺跡に行きましょう。呪いの大元がそこにあるなら、絶たねばなりません」


 その言葉に、空気が張り詰める。


 低く落ち着いた声がすぐ後ろから聞こえた。そこにいるはずのない男が、影のように佇んでいる。驚いて振り向くと、そこにいたのはシグベルだった。普段の白い聖衣とは違い、動きやすそうな黒いローブに身を包んでいる。


「シ、シグベル様!? いつからここに……」


 彼はにこりともせず、何を考えているか分からない表情でこちらを見た。


「遺跡の話が始まった頃には。ところでロゼリア様、同行の許可はいただけますね?」


 有無を言わせない言い方だ。尋ねているのはシグベルなのに、こちらに選択肢はない。起きた時の手紙に感じた柔らかさは何だったのか。


「まさか神士様がご同行とはね。どういう風の吹き回しです?」

「ロゼリア様の言ったことです。目に付いたものを潰すだけではなく、流れを絶たねばならない……これはその一歩、と言ったところでしょうか」


 ルカの軽口にも冷たく返すシグベルだが、その言い分には納得できるものがあった。クレイヴのことをどこまで把握しているのかは分からないが、彼の信心は本物だ。クレイヴという罪人にも、必ず罰を下すだろう。その点においてなら、彼は誰よりも信じられる。


「ええ、分かりました。よろしくお願いします、シグベル様」

「へぇ? ずいぶんあっさりですね、ロゼリア様。二人しか連れていけないのに、一人がコレで良いんですか?」


 ルカの言葉には彼らしくない棘があった。シグベルとはあまり相性が良くないのかもしれない。それでも、他の候補もいない以上これが最良の選択だ……と、思う。


「私は二人とも頼りになる方だと知っています。今夜は頼みますね」

「その期待には応えましょう」

「ロゼリア様がそう言うなら……まぁ、付き合いますよ」


  ルカは肩をすくめたが、その笑みの端には僅かに棘が残っていた。


「今回はクレイヴとの取引です。遺跡という場所といい、罠があるかもしれませんが……更なる情報のため、私に協力してください」


 約束の夜が、もうすぐ訪れようとしていた。

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