夫が死んだ(1)
嫁いだ翌日、夫が死んだ。冷たい風が頬を切りつけるような朝だった。
(い、いくらなんでも先立たれるには早すぎる!!)
表面は夫の死に呆然とする妻を装いつつ、私――ロゼリア・ケイ・ファスティオ改めロゼリア・ケイ・ライオネルは心の中で絶叫した。望まぬ結婚とは言え、流石にこれはないでしょう。結婚した次の日に夫が死ぬ女。醜聞にも限度と言うものがある。
「ルーディック様、私、あなたがいなければどうして良いのか分かりませんの……」
この都市の領主にして夫のルーディック・シェル・ライオネル、享年五十八歳。私よりも四十歳年上。それにしては若々しかったが、同時にこちらを見る目にいやらしさを滲ませた男だった。何度向けられてもああいう視線は気分が悪くなる。それだけで人となりは十分に察せられるというものだ。
あの男は、とあるお茶会で令嬢毒殺未遂の疑いをかけられた私がこの罪人都市……正式名称『贖罪都市ダイダリー』に送られてくるのを手ぐすね引いて待っていたのだろう。家から万が一にでも罪人を出したくない父と、何らかの取引があったに違いない。
こうしてまだ罪人ではなかった私は、裁判も神の裁定もなく、ルーディックの四番目の妻としてこの地に足を踏み入れることとなった。そして翌日には未亡人だ。
まだ生きているようにも見える死体に縋る気はなかったが、吐き出した言葉は本心だ。これからどうすればいいのか、全然分からない。見捨てられる形で婚姻したので生家は頼れず、昨日来たばかりのこの地に知り合いがいるはずもない。
私は、孤立無援だった。
「奥様もお可哀想に……」
「あんな領主とは言え、ねぇ」
「ダイダリーはどうなるんだ」
葬儀は淡々と進んでいく。教会の管理下で執り行われる儀式は今日の風のように冷たく、無味乾燥としていた。その原因の一つが葬儀を取り仕切るこの男だろう。昨日婚姻の儀を司ったのと同じ、都市の神に仕える神士。真っ白な装束に銀の長髪を編み込んだ、冷ややかな美貌の人である。
ライオネル家の使用人や衛兵達がざわめく中、彼は一切気にすることなく儀式を進める。神士らしいと言えば、神士らしい。超然としているというべきか、浮世離れしているというべきか。
周りに構わない彼の葬儀だからこそ、私は悲しむ振りをして思考に没頭できた。そのせいで大変なことに気付いてしまったのだが。
(ダイダリーはライオネルの名を持っていれば誰でも領主になれるのよね。そしてルーディックには養子も実子もいない……って、えっ? このままだと私が領主になってしまうの!? それはまずい!)
罪人都市ダイダリーは、代々ライオネル家の治めてきた土地である。各都市の監獄では手に負えないような罪人と元罪人、監視・管理を行う衛兵。それらをまとめられる者であれば誰でも受け入れてきた。
ライオネルの血筋が途切れているからこそ、名前さえ継いでいれば結婚したばかりの相手でも領主になってしまう仕組みになっている。確かルーディック自身も女性領主に婿入りしてライオネルになったと言う話だ。
現在何故ルーディックの子がいないのかは分からない。子どもができないから妻を次々替えているのだとかいう噂を聞いたことがあるだけだ。こんなことならよく調べておくべきだった。探せば隠し子くらいはいるかもしれないのに。
問題なのは、今この都市にライオネルの名を持つ者が私しかいないことなのだから。
(昨日聞いた限り、執事や侍女も皆元犯罪者って……不安しかないのだけれど!? 結婚もなかったことになったりしないかしら? いや、神士に誓ってるから無理ね。神の前で交わした誓いは絶対、私からライオネルの名がなくなることはない。せめて一日、死ぬのが一日早ければ……!)
そうしたら結婚もなかったし、一度食事を共にしただけの人間に感じる胸の痛みもなかったはずだ。だが、そんな仮定は何の意味も持たない。私は、元気になるはずの身体活性魔法でも治まらない胃の痛みを堪えながらそっと涙を拭った。
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