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1.冬の到来(1)

 初雪が降って、最初にするべきことはなにか。


 これから始まる長い冬。待ち受ける過酷さを前に、領主として取るべき最初の一歩。

 村のため、生き延びるため、全員で再び春を迎えるため、欠かすことのできない行動とは――。





 先住民の野営地への訪問である。


 朝一番、久方ぶりに馬車に乗ってやってきたのは、すっかりおなじみの場所だった。

 村からはおよそ二時間ほど。早朝に出立し、到着した現在はおよそ午前十時手前ほど。

 本日の訪問者は、いつもの野営地メンバーに、追加で私とヘレナである。


 野営地そばで馬車を留め、元気よく草原の上に飛び降りれば、私に気付いた先住民の一人が声を上げた。


「――――うわ出た」


 そんな虫でも見たみたいな。


「なにしに来たんだよ、お前。こんな忙しいときに」


 などと言いつつ歩み寄ってくるのは、これまたおなじみの顔。顔だけは良いひよっこ先住民のスレンである。


 忙しいとき、と言ったように、どうやら彼は野営地での労働中らしい。

 手には大きな荷物を抱え、どこかへ運んでいる途中だったようだ。


 よくよく見れば――というより、野営地に着いたときから気が付いていたけれど、他の先住民たちも忙しそうだ。誰も彼も慌ただしく、野営地をあちこち行ったり来たりしている。

 これもまた来てすぐにわかっていたことだけど、どうやら彼らは野営地の撤収作業中。運んでいる荷物は、おそらく野営地に建てられた三つのテントの中にあったものだろう。

 そのテントがどうなったかと言えば、三つのうち二つはすでに解体済み。大きなテントがすっかり棒と布の塊に変わってしまっていた。


 そんな閑散とした野営地を背に、スレンは『見てわかるだろう?』と言いたげな顔で私にしっしと片手を振る。


「もうお前らにやれる仕事はない。雪が降った以上、俺たちはもうここを引き上げる」

「そんな邪険にしなくてもわかってるわよ」


 族長との約束は『雪が降るまで』。ちゃんと心得ていますとも。

 だというのに、いったいどれだけ信用されていないのか。もはや虫を見たどころか、まとわりつく羽虫かなにかの扱いである。


 しかしながら、しっしと追い払われてもいつまでたってもまとわりつくのも羽虫である。

 嫌そうなスレンに私の方から近づくと、ふふんと私は胸を張った。


「時間は取らせないわ。本当にちょっとした用件よ」


 そりゃあ、仕事があるならもらえた方がありがたい。雪が降るまでとは言いつつも、今日は本当に初雪初日。もしかしたら今日一日くらいは野営地にいるのかとも思っていた。

 だけどそれはあくまで『あわよくば』の考え。本命の予定のついでである。


 ならばこの本命。いったいなにかと言えば――。


「今年最後の挨拶をしに来ただけ。あなたたちには、なんだかんだ世話になったものね」


 義理であり義務。人間付き合いなのである。

 なにせ私、これでも領主ですからね。


 〇


 そんなこんなでこれこれ挨拶。かんたんビジネスマナー。取引相手へ送るメールの書き方。

 どうぞ良い年をお迎えください。また来年もよろしくお願いします。ほにゃららら。


 テント内にいたドルジェに定型文の挨拶を済ませ、外に出たときにはすっかり先住民たちの荷造りは終わっていた。

 残るは未だドルジェの残るテントばかり。そのテントも、相変わらずの巨躯でにゅっとドルジェが出て来れば、他の先住民たちがわっと解体に取り掛かってしまった。


「…………本当に慌ただしいわね。いつもこんな感じなの?」


 雪が降ったのは今朝。朝も早くから馬車を回して、野営地にたどり着いたのは二時間後。まだ午前の比較的早い時間である。

 というのに、数日間も滞在していた野営地があっという間に更地になってしまった。

 いやまあゆっくりする理由はないのだけど、それにしたって早すぎる。もう少し村を出るのが遅れていたら挨拶に間に合わないところだった。

 雪が降ったとは言っても、まだまだ降り方は穏やかで雪もわずかに草原にかぶさるくらい。ここまで急ぐ必要はないように見えるけども。


「いつもはこんな感じじゃない」


 と思ったら、通訳としてドルジェの傍に立っていたスレンが、私の呟きにそう答えた。

 彼自身もどこか不思議そうな顔で、解体されていくテントに眉をひそめている。


「族長から、急ぐようにと指示があったんだ。今年は嫌な瘴気の増え方をしているから、あまり集落の外に長居をするな、って」

「………………嫌な瘴気の増え方?」


 なんとも不吉な響きである。

 以前アーサーが、今年は特に瘴気が濃くなると言っていた。そのあたりの影響だろうか。

 首を傾げる私に、スレンは小さく首を振る。


「俺もよくは知らないが……族長が言うには、前にもこんなことがあったらしい。十年くらい前、とか言っていたか」


 それから、思い出すようにわずかに目を伏せる。

 スレンが口をつぐみ、一瞬だけ満ちた静寂の中。野営地の間を、冷たい草原の風が吹き抜けた。

 ピリッと肌の痛む、瘴気を含んだ風だ。


 その風が抜けたころ、スレンはようやく、重たげに続く言葉を口にした。


「こういう年は、変な病気が流行りやすい。瘴気が病をつれてくるのだ――と。…………ま、お前らも気を付けることだな」


 …………なーんか今、嫌なフラグが立たなかった?


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