17.【実績解除】初心者ハンター -魔物を一匹以上倒す(1)
大急ぎで刺繍の区切りをつけてテントの外に出てみれば、いつの間にやらすっかり午後のいい時間。
太陽は西に傾いていて、落ちる影は長くて細い。吹き抜ける風は午後らしいやわらかさと、わずかな夕暮れの気配を含んでいた。
そんな草原の風に乗って、馬の嘶きが聞こえてくる。
いったいどこかと周囲を見回せば、遠い草原の先に、草をかき分けて進む小さな一団が見えた。
一団をなすのは、数頭の馬と人の影。
彼らは一面の草原の波を縫うように、まっすぐこちらへと向かってきている。
目を凝らせば、馬の背には行きにはなかったはずの重たげな荷物が積まれていた。
しかも一つだけではない。一番手前の馬に一体、その後ろの馬二頭にも一体ずつ。合計で三体。
どうやら、十分な成果を上げての凱旋のようだ。
「…………早くない?」
凱旋自体は非常に素晴らしいと思えども、ついつい真っ先に口から出たのはそんな疑問だった。
いやだって、あまりにも早くない?
早朝に村を出て川辺に集合。そこから少しまごまごしつつも狩猟出発。私たちも野営地へと移動し、族長の話を聞くことしばらく。時計も教会の鐘もないから時間がわかりにくいけど、体感的には十五時かそこらくらいじゃないかと思う。
つまり彼らが狩りに出てから、おおよそ七時間から八時間程度。徒歩での移動を考えると、狩猟に使える時間はもっと短い。
獲物とのめぐりあわせは運次第とは思えども、狩りってもっと時間がかかるものじゃないの?
数日粘っても、一匹も取れないこともあるんじゃないの?
しかも、当初の予定通りなら相手は魔物。
騎士たちの討伐でも、じっくり粘って腰を据え、数日から長くてひと月くらいは時間がかかると聞いていた。
それが三体もというのは、ちょっとすごいことなのでは?
いやまあ私自身は狩りをしたことがないので、本当のところはわからないのだけども。
「今の時期だけだ。瘴気が濃くなり魔物が増え、冬を前に餌となるものが減っている。特に、今年は瘴気がかなり濃い。魔物も飢えているから、少し刺激するだけであっちから寄ってきてくれる」
と思ったら、やっぱり特殊な状況だったらしい。
なるほどね。魔物にとっても、今は食べ物に難儀する季節。魔物同士は捕食関係にあるとはいえ、互いに魔物だけ食べて生きていくというのも難しいのだろう。
雑食性の魔物は植物も食べるし、昆虫を好んで食べる魔物もいる。小型の魔物は自分より大型の魔物をそうそう簡単には狙えないわけで、彼らの主食はおそらく自分より小さい普通の獣だろう。
それらがどんどん減っていく今の季節。魔物も生きるためには必死にならざるを得ない。
どれほど凶暴凶悪だと言われても、魔物も所詮はいち生物。
大自然の厳しさの前にはひれ伏すしかないのである。
――まあ、一番ひれ伏しているのは人間様なんですけどね!
季節はもう九月も末。アーサーの話では、早くてあと十日ほどで初雪が降るという。
そして冬になれば草は枯れ、採集はできず狩猟もできない。冬にかけて瘴気は増し、魔物はさらに増えるだろう。
そのうえ食糧不足と瘴気の影響で凶暴化。十日に一度は襲撃の恐れあり。
これを防ぐ手立ては、今のところ見つかっていない。
壊れた柵の修繕にも手が回らず、今ようやく、食糧難への問題解決に一歩踏み出そうとしているところだ。
どうにかこうにか先住民の協力を取り付け、行われた本日のレクチャー。
勉強になることは多く、いろいろ参考にもなった。やってよかったと我ながら思うし、これが冬へ向けた大きな一歩にもなると思っている。
ただし実は、ここで懸念事項が一つ。
「――お、お、お、おおおおお王女さんよぉ!!!!」
野営地まで戻って来るや否や、一団から見慣れた顔が飛び出してきた。
見慣れたと言ってもまあ、まだ数日程度。とはいえ先住民たちより見慣れた、村人の顔だ。
狩りの技術を見込んで選抜した村人五人。先住民の狩りに同行した男衆が、仕留めた獲物を馬から降ろす先住民たちを尻目に、血相を変えて私に詰め寄って来た。
「なんだあの狩りは! なんなんだあの無茶苦茶な方法は!? あんなの、俺たちにゃ無理に決まってんだろお!?」
青ざめた顔。震える手。恐怖に怯えて揺れる瞳。
すっかりトラウマめいた男衆の泣き出しそうな表情を見上げながら、私はなんとも言えず腕を組んだ。
うーん、やっぱり。
テントで話を聞いたときからうすうす気づいていたけれど、先住民の狩りってかなり高度なことをやっているよね。
これを付け焼刃でやれと言うのも酷なもの。いくら狩りが得意と言ったところで、彼らはあくまでも一般の村人だ。ずっと草原を生きてきた先住民と同じことができるはずがない。
開拓をしに来た私たちにとって、そもそも魔物狩りは、ジャンル違いなのである。
しかし、さて。
こうなると、いったいどうしたものだろうか。




