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16.魔物狩猟チュートリアル(2)

「…………嫌味かよ。こんな真似事で」


 手を叩いて褒める私に、男は心底から嫌そうに顔をしかめた。

 心にもないことを、とでも思っているのだろう。私を見る視線はなんとも不服で、疑わしげだった。


 いやしかし、私はすごくないことを褒め――褒めることもあるけど、嫌味で褒め殺しをすることもまあまああるけれど、いつも嫌味を言うわけではない。

 すごいことを素直に褒める気持ちも持ち合わせてはいるのだ。


「本当にすごいと思ったから言っているのよ! 真似事だとしても、いつの間にか息を呑んでいたわ!」


 実際に、彼の手には弓はない。番えた矢もなければ、魔物もいない。

 ここはテントの中であり、彼はそこで弓を射る動作をしただけ。いわばイメージトレーニングのようなものだ。


 それでもつい、魅入ってしまった。息を呑んでいた。

 張り詰めた空気と緊張感に、本当に草原で魔物と対峙しているような気さえした。

 これはやっぱり、すごいことなのだ。


「……これくらい、草原の男なら誰でもできる。褒めるようなことじゃない」

「それなら、あなたたち全員がすごいのよ!!」


 謙遜なんて似合わない。私はこぶしを握り締め、頑として首を横に振る。

 今のことを先住民の全員ができるなら、彼ら全体のレベルが高いというだけだ。男のレベルが下がるわけでもなければ、私がすごいと思った気持ちが消えるわけでもない。

 さすがは草原に生きる人々。狩猟採集に関しては、一日どころではない長がある。


 と惜しみない拍手を送れば、男はますます顔をしかめた。

 だけど今回は、『嫌そう感』は薄れている。なんとも据わりの悪そうな、反応に困ったような表情だった。


「…………む」


 とかなんとか言ってしかめ面をしているけれど、その実ちょっと照れくさそうだ。

 いやわかる。わかるぞその気持ち!

 人間、褒められて嬉しくない人間はいないのだ。たとえ嫌いな相手でも、本気の称賛を送られては悪い気はしない。族長をチラ見したら、彼もまんざらでもなさそうな顔をしているし、おまけにもう一段階大きな拍手を送ったろ!

 褒めて損することはないしね!


 そういうわけで、ひときわ大きな拍手。

 のち、ようやく興奮も落ち着いたあたりで、私は息を吐きだした。


「それにしても――なるほどね。私たちがする討伐とはやり方が逆だわ。こっちは魔法を発動させてから魔物を仕留めるようにしているのよ」


 ただし、これだと魔物に逃げられやすいという欠点がある。

 魔法発動後の魔物は攻撃性を失ってすぐに逃走するから、仕留めるのが間に合わないことが多々あるのだ。

 先日の魔物の襲撃なんて、まさにそれ。当面の危機は脱するけれど、被害ばかりが残るのは望ましくない。


「魔物を倒すだけならその方が安全だ。成体のような難しい魔物を相手にするときは、俺たちもその方法を取ることがある」


 私のつぶやきに答えたのは、同じく気分が落ち着いたらしい男だった。

 族長への通訳を交えつつ、彼は私に視線を寄せる。


「成体は魔法発動までの時間が短く、狡猾さもある。誘導に上手く乗せられず、魔法発動前に倒せないと、狩りの部隊が壊滅する可能性が高い」

「なるほど……」


 つまりさっきの方法は、ほとんど幼体限定なのか。

 魔法の発動に不慣れで時間がかかるから、とどめを刺すための猶予がある、と。


 でも、そうなると、わざわざ危険を冒して発動前に倒す理由はなんだろう?

 魔法発動前なら魔物は逃げにくいというけれど、そのためにこんなリスクのある方法をとっているのだろうか?


「魔法が発動する前に仕留めるのは、これが『狩猟』だからだ。獲物を逃がさないためでもあり、その肉を食らうためでもある」

「……というと?」


 首を傾げる私を横目に、男はちらりと族長を見る。

 族長は心得たように頷くと、やはりわからない言語で何事かを呟いた。


 それを受け、男が続ける。


「魔物が魔法を放つとき、瘴気の毒が全身に回ると言われている。この毒抜きに手間がかかるからだ。――このあたりで次の話だ。ついてこい」


 そう言うと、男はおもむろに立ち上がった。

 そのままテントを出て行こうとする彼に、私は慌てて針を置く。

 どうしたのかと呼び掛ければ、彼は天幕をめくり上げながら、外を示してこう言った。


「そろそろ狩りに出た連中が戻ってくるころだ。――魔物の食い方を知りたいんだろう? それなら実際に見た方が早い」


 めくり上げた天幕から見える太陽は、いつの間にか西へと傾き始めている。

 草原を吹き抜ける風が、どこからか、遠く馬の嘶きを運んできていた。


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