12.先住民の集落(2)
「――――お引き取り願おう」
ダメみたいですねえ。
〇
そういうわけで、やってきたのは集落最奥のテント。
周囲を男たちに囲まれ、武器を突きつけられながら、叩き込まれるようにして入れられたその場所で、私は膝をついていた。
そこは他のテントに比べて、ひときわ大きく、ひときわ古い。
ほつれた天幕の隙間から風が吹き込み、中央で燃える焚火を揺らしていた。
その焚火を挟んだ反対側。くゆる煙の向こうに、一人の老人の姿がある。
小さな台座に腰を掛け、こちらを睨む老人の顔は険しい。皴だらけの顔にさらに深い皴を寄せ、むっつりと口を結んで首を振る。
「そちらの窮状を救う義理はこちらにない。以前のそちらの非礼を思えば、こうして話を聞くだけでも温情である。我々の忍耐に感謝をしてもらいたい」
膝をつく私には、相変わらず武器が突きつけられている。
集落の男たちは老人に負けず劣らず険しい顔で、それこそ忍耐強く怒りを抑えているようだ。
老人はその男たちを一瞥すると、一つ長い息を吐く。
「しかし、我々の忍耐にも限界はある。いきなり乗り込んできて、『恩を売れ』など。我々はそうする価値を感じないし、そちらの村がどうなろうと関心がない。理解したなら早くここを出て行くように。二度と関わらないと約束すれば命までは取らないでおいてやる」
同時に、隣で同じく膝をついていたアーサーもため息をついた。
「…………とのことです。族長は相当なお怒りのようですね……」
ふむ、とつられて私も息を吐く。
現在、私たちは男たちによって族長の前に引っ立てられているところ。弁明の機会が与えられたので、これ幸いと援助を求めた結果がこの通りだ。
前領主の非礼の詫びと、今回の突然の訪問の詫び。丁寧な挨拶を経て切り出したにもかかわらず、テント内の空気は外よりも冷たい。刺すような緊張に、一触即発の空気。目の前で睨む族長と、怒りに顔を歪めた男たち。
通訳をするアーサーの声は震えていて、護衛の顔も青ざめる。ヘレナはもはや顔も上げず、神に祈り続けている。
こじれた関係はさらにこじれ、もはや悪化の一途をたどるばかりという状況だった。
まあでも、当然と言えば当然である。
なにせ、こちらには出せるものがなにもない。
それで支援をしろだなんて、普通に考えて聞き入れられるわけがない。むしろ、これで承諾するような人間には絶対なにか裏がある。村人全員を奴隷として売りさばく計画があったとしても不思議ではないだろう。
とはいえ、こっちはその条件で承諾させないといけないわけで。
「……私を支援することは、あなたたちにとっても損はないはずよ。私はセントルム王国の王女。もしも無事に春を迎えられたら、私はあなたたちに助けられたことを国に報告すると約束しましょう」
苦肉の策の提供物を、私はアーサーに伝えさせる。
これでも私は王女の身分。私を助けることには、セントルム王国にとって重みがある。
私を助ければ、国はその功績を認めるだろう。功績への見返りとして、おそらく与えられるのは居住権。彼らは大手を振って、この草原を歩けるようになるのだ――。
とは、たぶんならないのはわかっている。
なにせ私は嫌われ者だ。王家の権力争いをややこしくさせる元凶であり、異母兄姉にとっては目の上のこぶ。いっそ死んでくれた方がありがたいくらいの存在である。
けれど、これも方便。別に嘘は言っていない。助けてくれたなら事実その通り国に報告するし、彼らが損をすることもないだろう。特に得をすることもないだろうけれど。
まあでも、来年にはどっさり金やら小麦やらを払うと言うよりは、これでも相当信憑性はマシなほう。
金なんて用意するあてもない。小麦も取れるかわからない。身分だけが、今の私が確実に持っている資産なのだ。
ただし、この資産がこの地で有効であるかどうかには、大いなる疑問が残っていた。
「申し訳ないが、その申し出は我々には価値がない。我らの居住に許可を出すのは大地だけであり、人の王ではない――だそうです」
「…………そう」
やっぱり、と私は表情を歪ませる。
正味な話、そう答えるだろうとは思っていた。
彼らは国に属さない。国の許諾は意味をなさず、私の身分にも価値がない。
彼らに、私の頼みを聞く義理は一切ないのである。
…………。
…………。
…………うーん、そうか。
そうかそうか。やっぱりそうか。
これで話を呑んでくれたら楽だったのだけど、断ると言うのなら残念だ。
ううむ、実に残念。至極無念。だけどこればかりは当人たちの意志が重要だし仕方がないね。
やりたくないなら強要するわけにもいかないし、これ以上食い下がるのも申し訳ない。
そっかー。
それじゃあ、今回はご縁がなかったということで!
「それなら、別の集落に援助を求めに行くとしましょう。――そう伝えなさい、アーサー」
私はまったくもって無念な気持ちで、そう言って口元に薄い笑みを浮かべてみせた。




