12.先住民の集落(1)
アーサーを案内に立て、私たちは村人に見送られながら出立した。
集落までは、半ばほどまでは馬車、途中からは徒歩の道程だ。
距離としては、馬車で半日ほどかかるという。
早朝に出かけても到着は午後。そこから最速で用件を済ませたとして、その日のうちに村に戻るのは少々厳しい。この状況で村を空けるのは不安だけど、こればかりは受け入れるほかないだろう。
同行するのは、案内役兼護衛のアーサー、馬車を扱うための御者、悩ましいけどあまり武装しすぎるのもなんなので護衛二人。それから、お目付け役としてのヘレナである。
あまり安全な旅でもないのに、女性が同行するのはいかがなものか。今の村は女手も足りていないわけで、私としては針仕事の手伝いでもしてくれた方がありがたい。
できれば彼女には村に残って、私の帰りを待っていてほしいと思っていたのだけども。
「殿下の好きにさせると、蛮族相手にどんな無茶をしでかすかわからないでしょう!?」
こう言われてしまっては返す言葉もない。
さすがは長年、私の侍女をしてきただけのことはある。
まったくもって、否定の余地もなく、完膚なきまでにその通りなのである。
「で、ん、か~~~~~~~~~~!!」
はい。
「はいじゃないです! どういうことですかこれは!!」
馬車を駆け駆け、やってきたるは先住民の集落。
草原のなだらかな丘陵の下。小さな清流のほとりには、背の高い草原に隠れるようにテントが並ぶ。
テントは円形で平べったく、どっしりと重たげだった。
私がテントと聞いて想像するものとはまるで違う。何枚もの布を張り合わせたそれは、風が吹いてもびくともしない。天井には煙突代わりの穴が開いていて、冬空に向けて白い煙を吐き続けていた。
張り合わせた布は分厚く、ほんの少し色褪せている。ところどころに見えるほつれが年季を感じさせ、ここで過ごした彼らの歳月を感じさせた。
「いやあ、まだ移動せずにいてくれてよかったです。こんなに長い間、彼らが一か所に留まることは珍しいですからね」
とは、アーサーの言葉。
安堵したように笑む彼は現在、両手を上げて降伏のポーズを取っている。
さらに隣を見れば、護衛も剣を置いて手を上げている。ヘレナも致し方なさそうに手を上げて、もちろん私も万歳の姿勢だ。
ちなみに、御者ともう一人の護衛はいない。彼らは集落から少し離れた場所に馬車を置き、そこで留守番中である。
なので、村に来たのは合計四人。
たった四人の無害な私たちを、取り囲むのは幾人もの男たちだ。
その姿は、私たちからすればかなり風変わりだった。
鼻が低く、目が細長く、唇が薄い。肌は黄みがかっていて、まるで生成りの生地のようだ。
服装は独特で、どう説明すればいいのかもわからない。布を巻き付けて、腰のあたりで紐でまとめているのだろうか。布は粗末な一枚布というわけではなく、多少ほつれて模様が崩れているものの、一目でわかるほどに繊細で上等な刺繍が施されていた。
その上には毛皮の外套。頭にはやはり刺繍のされた布を巻き、足には厚手の革のブーツを履く。
そして手には、各々武器を持っていた。
武器は主に弓か槍。その切っ先の向かう先は、当然のように私たちだ。
集落に足を踏み入れた途端、武装した男たちに有無を言わさず囲まれて、ヘレナがたまらず嘆くように叫んだ。
「私たち、交渉をしにきたんじゃないんですか!? これで、いったいどうやって交渉なんてするつもりなんですか!!」
実を言うと、それはちょっと悩んでいたところ。
彼らに救援を求めても、こちらとしては見返りとして出せるものがない。
せいぜい馬か、王都から持ってきた宝石のたぐいか。それもあまり彼らには価値がなさそうで、どうしたものかと思っていたけれど。
「大丈夫よ」
私は集落を見回すと、ヘレナの嘆きにそう答えた。
目に映るのは少数のテントと、敵意を剥き出しにした男たち。それ以外にはなにもない。
ほんの小さな集落は臨戦態勢にあり、少しでも動けば今すぐにでも戦闘になるだろう状況だ。
なるほどね。
「ちょうど今、交渉材料が見つかったわ」
ちょっと希望が見えてきた。
これなら、なんとかできるかもしれない。




