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11.村の外に出てみよう(3)

 とはいえ実のところ、前領主の気持ちもわからないでもないのである。


「――『北の蛮族』の集落ぅ? いったいまた、どうしてわざわざあんなところに……」

「あんな野蛮人の手を借りるなんてごめんだよ。汚くて、下品で、なにを食べているかわからないじゃないか」

「言葉も喋れないうえに、凶暴でいきなり噛みついてくるって話だろう? 前に集落に行ったときも、目が合っただけで暴れ出したそうじゃないか。危うく食い殺されるところだったって聞いているぞ」

「ああいうのは、私ら人間とは全く違う存在だ。土地も耕さず実りを貪るだけで、大地のために良いことをしようなんて考えない。この聖地も、あんな厄介者に居座られて気の毒だよ」


 翌早朝。

 いったいどこで聞きつけたのか、先住民の集落へと向かおうという私たちを、村人たちが見送りに来た。

 いや見送りというよりは単なる見物だろうか。馬車の準備をする私たちを横目に、物見高い村人たちは互いにひそひそと囁きあう。


 話題は当然、これから向かう集落についてだ。

 その評判は聞いての通り。怪訝で不審で後ろ向き。好意的な声は一つもない。

 表情はどれもこれも苦々しく、援助を受けに行こうというのに、野良犬や野良猫の餌でも漁りに行くような、なんとも言えない嫌悪感が浮かんでいた。


 なんとも散々な反応だけど、まあ予想通りと言えば予想通り。

 そもそも、起死回生のこの一手がどうしてリカバリー案に留まっていたかと言えば、不確定要素が大きすぎることに加えて、村人たちの反応に想像がついていたからだ。


 ――……いい顔はされないわよね、やっぱり。


 信頼関係がほとんどない今の状況で、彼らの意に背くことは正直言ってあまりやりたくはなかった。

 村人の大半はアーサーほど柔軟ではないし、見識も広くない。彼らにとって開拓が『正しい』行為である以上、聖地は自分たちに耕されるべきであり、耕されるべき土地に居座る先住民は邪魔者なのだ。


 その正当性を保証するのは、彼らの信仰する神である。


 ここは神から与えられた土地。

 神の選んだ王により、開拓を推奨されている地だ。

 そこで彼らは神の教えに従い、よく働き、よく耕し、よく祈る。

 貧しさを恨まず、自分の置かれた状況を受け入れ、困難に耐え忍ぶ。

 隣人には優しさを与え、子供には慈しみを与え、強きものは弱きものを助ける。

 自分だけが肥えることなく、他者に分け与える。日々の中のささやかな喜びを糧に生きていく。


 嘘は吐かず、盗みはせず、誰かを傷つけることもない。神が定め、神学者が説く道徳を実践する彼らは、まさに善良そのもの。そうあれかしと望まれた、『善き』人々だ。


 これを少々露悪的に言うと、実に都合の『良き』人々だ。

 神の存在を疑わず、王という立場を認め、自分との身分の差に違和感を抱かない。これが神の定めと受け入れて、与えられた労働に甘んじる。

 彼らの敬虔なる善良さは、施政者にとっては非常にありがたいものだ。


 一方で、ひどく厄介なのもまた、この善良さというやつだ。


「あんな、神に見放された連中に頼らなくても」

「前は神学者様も一緒だったんだろう? それなのに暴れるなんて、神の言葉さえ届かないような奴らなんだよ」

「おかげでどこにも居場所がなく、放浪し続けているんじゃないか。憐れな連中だよ、まったく」

「当然と言えば当然だけどね。聖地にはふさわしくないんだし、さっさと追っ払うべきだったよ」


 村人たちは神の名のもとに、悪意のない傲慢さを抱く。

 上に立つ者にとって、彼らの無意識の期待はなかなかに重たい。


 自分たちは正しい。妨げるものは悪。悪たる先住民は正義に屈服するべきであり、こちらから頭を下げる存在ではない。なぜならそれは正義が屈することであり、神への裏切りだからだ――。

 となると、村人の手前、先住民を大きくは扱えない。彼らの無意識の望みは、先住民への毅然とした態度、屈服しない姿勢、教化し改心させること、あるいは実力でもっての追放である。


 誰だって、勧善懲悪は好きなもの。

 前領主がどれほど自覚していたかは知らないけれど、彼の高圧的なふるまいの中には、『善良な人々』の期待もきっと含まれていただろう。


 しかしまあ、その『善良な人々』を作り上げたのは、神を利用しているこちらのわけで。

 無自覚だろうがなんだろうが、村人の支持を得たくて先住民との関係を悪化させたのは前領主。

 気持ちはわからないでもないけれど、その結果まで受け入れてやる義理はない。


 なので、ここは因果応報。一つ泥を被ってもらうといたしましょう。


「――――それ、誰が言ったの?」


 囁きあう人々に向け、私は馬車からそう呼びかけた。

 伝家の宝刀、責任転嫁である。


「どうせ、前領主かその取り巻きの言葉でしょう。アーサーはそんなこと言った? 教皇様は? 神や守護竜が、先住民のことをどうこう言っていたかしら?」


 共通の敵を作るのは、万国万民に共通の、一致団結の手段。

 幸いにも、ここにはどれほど憎んでも問題のない相手がいるのである。


「神は善良なる人々を見捨てないわ。前領主が先住民との交渉を決裂させたのは、前領主の方が神に見放されていたからよ」


 言いながら、私は村人たちへと胸を張った。

 口元には余裕の笑み。内心はさておき、不安を感じさせるような真似はしない。


「まあ、見ていなさい。どちらが正しいかを証明してあげるわ。――これで彼らが協力してくれるなら、そこに神の導きがあったということよ」


 ふふんと自信たっぷりに鼻を鳴らせば、ざわめき声が静かに引いて、消えていった。

 ひとまずは、これで納得してくれたのだろう。




 くれたのだろうけど……うーん。

 多分この先も、何度もこういうことがあるんだろうな。

 信仰自体は悪いものではないし、私も便利に使わせてもらってはいるけれど、同時に重い足枷でもある。村の人たちにはもう少し柔軟になってほしい気持ちはありつつ、だけどあんまり柔らかくなりすぎると、今度は「王権打倒!」ということにもなりかねない。


 このあたりのバランス、難しいけど考えないわけにはいかないだろうな。

 ゲームにおいても『教育』はかなり重要な要素。最序盤の必須項目というほどではないけれど、これがないといずれは開拓が行き詰りやすい。たぶん、どこかで腰を据えて向き合う必要が出てきそうだ。

 でもまあ、今のところは頭の片隅に留めておくだけにしておいて。




 とにもかくにも、これであと腐れなく先住民の集落へと出発だ!


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